第七十九章 エルフたちへの依頼 2.密談(その1)
翌日、朝食を済ませて外に出て周囲を見回すと、あちらこちらに雪だるま――いや、ここらじゃ雪坊主のジャックだったか?――が並んでいる。とんがり頭で三段重ねの典型的なジャック君に混じって、いくつか二段重ねのものも見える。雪坊主たちだけでなく、幾つかは雪の人物像も混じっている。思い思いの恰好をした少年の像があちこちに見えるのは、俺の作った雪像の向こうを張っているつもりか?
ならばその挑戦、受けて立とう!
幸い雪は充分に積もっている。しゃがんでいる少年像があったので、その目の前にお座りをした犬の像を作ってみる。我ながら中々いい出来映えだ。興が乗って、犬と少年を遠巻きにして眺めている兎の親子を三組分作ったところで、ホルンからの通信が入った。続きは後にしよう。
街道の北口に向かうと、ホルンたち三人の姿があった。
「思っていたより早かったな。もう少し後になるかと思っていた」
「名高い封印遺跡を見るのだと思うと、つい気が逸ってしまいまして」
……うん。やはり俺が造った事は黙っていよう。
「相談の前に、泊まるつもりなら早めに宿を確認した方がいいと思うぞ?」
そう言うと三人は顔を見合わせていたが、やがて揃って頷いた。結局三軒ほど宿を廻って、「野兎亭」という宿で三人部屋をとったようだ。その頃になると宿泊客は皆朝食を済ませて遺跡の方へ行ってしまい、食堂には他に誰もいない状態――密談にもってこいの状態になっていた。朝食は済ませたという三人に、持参したビールを振る舞う。グラスはガラス製のやつを持ってきたとも。やはり黄金色のラガーは、ガラスの器でこそ映えるしな。
「まずは飲んでみてくれるか?」
シュワシュワと泡が溢れそうに盛り上がったグラスを興味深げに見ていたが、俺の勧めに従ってグラスに口をつける。一口含んだ途端に、三人が揃って目を瞠る。特にダイムは驚いたようだ。……ひょっとして、獣人は刺激に弱いのか?
「ダイム、不快にさせてしまったのなら謝る」
「い、いやぁ……ちょっと驚いただけで……うん、悪くない」
恐る恐る二杯目を口に含み、しばらく味わって飲み下すと、あとは普通に飲んでいた。……その頃にはホルンとトゥバはグラスを空にして、所在なげに座っていたが。瓶に残っている分を二人のグラスに注いでやると、グラスを掲げて謝意を示した後で、待ちかねたように中身を飲み干していた。
「飲んでみてどう思った?」
「どこで手に入れたんですか?」
間髪入れずに聞き返したのはトウバだ。凄い食い付きっぷりだな。俺が造ったというと、三人とも目を丸くしていた。
「売れると思うか?」
「「「間違いなく」」」
「ふむ。相談というのは、亜人たちにこれを量産してもらえないかという事だ。無論、例の件に絡んでいる。レシピはこれだ」
そう言うと三人は驚いたようだが、やがて顔を見合わせると、俺が渡したレシピを確認していく。……終わりの方で少し顔をしかめたな、やはり。
「二つ三つ確認したい点があります。まず、エールの種は戴けるのですか?」
エールの種? ……ひょっとしてビール酵母の事か?
「この酒は俺の国じゃビール、あるいはビアと呼んでいるんだが……発酵させる時に加える酵母の事を言っているのなら、ここにある」
念のために持ってきていた酵母を見せると、三人は揃って頷いた。
「結構です。次に、ホップというのは何でしょうか?」
「ビールに独特の風味を与えると同時に、保存性を高めてくれるハーブだ。これだな」
そう言って、これまた持参したホップを見せる。見た事があるんじゃないか?
「……これなら見た事があるな」
「ああ……うちの森にも生えていたような気がする」
「同じものが生えているなら、栽培しておいた方がいいぞ。ビールを造る時に必要になる。まぁ、俺はバンクスで手に入れたがな」
「……それでは最後に、最終工程で砂糖を加えるか、ガスを抜かないように容器に移すというのは?」
「さっき飲んだから解っているだろうが、あの細かな泡を生み出すためには必要な事だ。俺は錬金術を使ってガスを含ませたまま容器に移したが、先に容器に砂糖を少し入れておけば、移した容器内でも後発酵して炭酸ガスを生み出すからな」
「しかし……砂糖は非常に高価でして、それを使うと酒の値段も跳ね上がりますが?」
「あぁ、それなら心配要らん。砂糖もこのとおり造ってきた」
三人は再び目を剥いて硬直した。




