第七十九章 エルフたちへの依頼 1.シャルドの町へ
時系列的には第七十五章第三話――ラガービールの試作品を試飲した後の話になります。既に砂糖の試作も終わっています。
ラガービールの試飲も済んで好評を得た事から、俺はホルンたちに連絡を取る気になった。ビールと砂糖の量産について、亜人たちに打診するためだ。
「ホルン、久しぶりだが、変わった事はなかったか? 差し支えがないようなら、他の二人を交えて近いうちに会いたいんだが」
『お久しぶりです。テオドラムの連中も今のところは目立った動きを見せていませんし、特に変事はありません。お会いするのは構いませんが、いつもの場所ですか?』
「あぁ、いや、実は冬越しのためにバンクスへ来ていてな。できればそう遠くない場所の方がありがたいんだが」
『なるほど。それでは……シャルドの町をご存じでしょうか?』
「……エルフたちに大人気だったな……」
『ご存じなら話が早い。トゥバやダイムとも、一度は行ってみたいと話していたところです。三……いえ、四日後にあそこでお会いできませんか?』
「俺は構わないが……四日後で大丈夫なのか?」
『そこはそれ、これでもエルフと獣人ですから』
「なるほど? まぁ、そっちが大丈夫というなら異論はない。では四日後に……そうだな、遺跡の前は混んでいるだろうから、街道筋の北口で」
『承知いたしました』
こんな具合で会見の日時が決まった。
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ちょっと知人に会ってくるので数日留守にすると断って、「樫の木亭」を後にする。どこへ行くかは言わないでおく。ルパの奴が追いかけてきたりすると面倒だからな。心配してくれるのはありがたいんだが……。
あの後少し調べてみたら、なんとバンクスからシャルドへは、三日に一度馬車が往復しているらしい。観光客の送迎と、食料品などの補給のためだそうだ。それを知ってさえいれば、あんな無様な真似はしないですんだのに……。
折角だから手土産代わりにシャルドの版画を一式ずつ持って行ってやるか。ボルトン工房から売り出し中の三枚と追加分の二枚。王国からの依頼を受けた後、ボルトン親方に事の次第を報告しておいたんだよな。王国製の版画が売り出されたら、親方の版画の売れ行きに影響しそうだったからね。対抗措置として、王国版では扱っていない周囲の風景を増やす事にして、原画二枚を追加で渡しておいた。これはアフターケアだから、代価を貰うわけにはいかないと押し切った。なお、追加分二枚のうち一枚は俺作の雪像の絵だ。なぜか好評だったので。王国版の版画もその後売り出されたが、こっちはほぼ遺跡内部に限られているため、親方の版画も依然として売り上げは好調らしい。王国版の版画見本も二十枚ずつ貰ったので、こいつも持って行ってやろう。
今回は丁度いい便もあったし、馬車でシャルドまで行く事にする。早朝出て夕方には着けるらしいし、約束の日の前日だから丁度いい。
観光客らしい五人が同乗しているが、示し合わせたように全員がエルフだ。そんな中に俺一人が人間というのは居心地悪い事甚だしいんだが、幸い人間排斥派のエルフではないようで、気安く接してくれたのはありがたかった。五人のうち三人は国内のエルフで、噂のシャルドを見に来たのだという。残り二人は夫婦者で、隣国マナステラからの旅行者だという。知り合いがどんどん見物に行って悔しい思いをしていたが、やっと仕事が一区切り着いたので見に来る事ができたのだと嬉しそうだ。
……俺が造ったペテンだなんて知れたら大事だな。ホルンたちにも金輪際内緒で、墓の中まで持って行こう。
夕方には何の問題もなくシャルドに着いた。以前に泊まった「痩せ馬と森番亭」に行くと、幸い一部屋空いていたので泊めてもらう事にする。リト少年も元気そうだ。どこか照れ臭そうに俺を見ているのは、前回作った雪像のせいかな? そう言えば、よく見なかったが他にも雪像があるみたいだな。まぁ、明日見ればいいか。




