第七十八章 砂糖 7.なし崩しの量産決定
キーンの予言はさすがに外れ、植え替えたサトウキビが一日で畑を覆い尽くす事にはならなかったが、それでも初代株はじわりじわりと広がっている。……四ヘクタールの畑が六株のサトウキビで埋め尽くされる日が来るのだろうか?
『ある程度……育ったら……茎を……収穫して……成長を……抑えた方が……いいかと……』
『その場合、肥料も与えた方がいいのか?』
『あの……主様の世界の肥料は……ちょっと……』
『それはそうなんだが……こっちの世界の肥料なんて、手に入るか?』
地球世界と違って、園芸が市民権を得ているとは思えないんだが……。園芸品店って見た事が無いんだよな。エルフにしても肥料なんか作っていそうにないし……。
『村からの入手は……無理ですよね』
『そもそも今は村を離れているわけだしな』
『山小屋の畑の土を少し持って来ましょうか? それか、私たちが新しく作るか』
ウィンの提案が現実的か……。
『落ち葉や雑草の入手先を考えてみるか……。最悪の場合は、日本で買った液体肥料を思いっっっっっきり薄めて使おう』
『それしかないでしょうね……』
・・・・・・・・
十日もするとサトウキビの初代株の成長が洒落にならないくらい――さしわたし十メートルはあった――になったので、茎の一部を収穫し、直ちに搾汁する事にした。サトウキビは収穫後の劣化が早いそうだからな。搾汁の状態で異空間に保存しておいた方がいいだろう。念のために茎は株の内側と外側から収穫してみたが、錬金術の「素材鑑定」によれば、品質に差は認められなかった。錬金術の「素材抽出」スキルを使えば、搾汁はあっという間に終わる。楽なもんだ。
収穫後の株に肥料をやっておく。堆肥の作成は間に合わなかったので、日本のホームセンターで購入した液体肥料を十万倍に薄めて使用した。これくらい薄ければ大丈夫だろう……大丈夫でありますように。肥料としての効果が出るかどうかも疑わしい濃度だが、肥料以外の効果が怖いから仕方がない。
・・・・・・・・
翌朝、「樫の木亭」で朝食を楽しんでいる俺に、ハイファが念話で話しかけてきた。嫌な予感がひしひしとするな。
『お早う……ございます……ご主人様』
『お早う、ハイファ……面倒事か?』
『喫緊の……事態では……ありませんが……お越しの……際は……深呼吸……してから……おいで下さい』
嫌な予感しかしねぇよ! 言われたとおり深呼吸して、オドラントの試験場に転移する。
『まぁ……予想の範囲ではあるかな……』
『はい……』
昨日の収穫も何のその、目の前の初代株は収穫前のサイズを上回る勢いで繁茂していた。深呼吸して覚悟を決めた俺は、目の前の初代株を鑑定してみる。
【種族】イノームケイン
【地位】新種の植物モンスター
【特徴】異世界の肥料を与えられてモンスター化したサトウキビ。成長が異常に早い。茎に高濃度の糖を蓄積する。種子から育つ次世代、あるいは挿し木で増えた個体は通常のサトウキビであるが、根をつけた状態で株分けされたものはモンスターとしての性質を維持する。
イノームケイン……古語の enorm かな。[enormous 膨大な]の古語だったと思うが……[cane]はサトウキビや竹を意味していた筈だ。……いや、逃避するのはよそう……つまり、またやっちまった。
『マスター、成長を抑えるためにも、定期的に収穫した方がいいですね、コレ……』
クロウたちによる砂糖の量産が待った無しになった瞬間だった。




