第七十八章 砂糖 5.砂糖の試作
とりあえず小規模の試作をしてみようという事で、サトウキビとシュガートレントのそれぞれから片手鍋一杯程度の汁を採る事になった。サトウキビの方は少しばかり刈り取って、搾汁機の代わりに錬金術で汁を抽出する。問題はシュガートレントだな……。
鑑定で「糖度の高い樹液」と出ているんだからと思って、試しに幹を傷付けてみると……滴るようにして樹液が出てくる。片手鍋一杯の樹液を採るのにそれほど時間はかからなかった。トレントだというがこちらを攻撃する様子もないし、傷つけた事で樹勢が弱るような気配もない。……楽な作業だな。あ、傷口は一応錬金術で――金属以外にも効くんだな――塞いでおいた。
各々の搾汁を温めて、石灰分を添加する。今回は比較的容易に入手できるものという事で、海で採れた貝殻を焼いたものを使ってみた。次いで炭酸ガスを吹き込んで炭酸カルシウムを生成し、不純物を炭酸カルシウムに吸着させて沈殿させる。今回は錬金術で炭酸ガスを生成したが、量産する場合は専用の魔道具を作っておけばいいだろう。上澄み液を活性炭――今回は単に細かく砕いた炭――で濾過してやると、透明度の高いシロップができる。本来ならこいつを連続濃縮缶に通して濃縮するんだが……今回は魔力で濃縮して、適宜上澄みを濾し取っていくか。濃縮した液体を、これも本当は真空結晶缶に入れて結晶を作るんだが……今回は結晶が析出するまで火にかけるだけだ。まだ糖蜜を分離していないから粘つくが、できたこれがいわゆる白下糖だ。これを遠心分離器……の代わりに茶漉しにセットして魔力を使って振り回して、砂糖と糖蜜に分離する。
『お疲れ様です! マスター!』
キーン……いい笑顔だな……。
『主様、割と手軽にできるんですね?』
『まぁ、今回は片手鍋一杯の試作だからな。量産するとなると色々大変だぞ?』
『早速味見してみましょう!』
キーン……お前はいつもブレないよな……。
・・・・・・・・
どのみち試食は必要だからと言うわけで、従魔たち皆で味見してみた。元は同じサトウキビの筈なのに、できた砂糖の味はかなり違う。シュガートレントの砂糖は、砂糖というよりメープルシロップに近い風味をしている。分離された糖蜜の方もかなり味が違うな。
ちなみにキーンだが、さぞかしがっつくのではと思いきや、二つの砂糖をじっくりと味わって比較している。さすがに食の探求者だな。
『で、マスター、どっちを量産するんですか?』
『それだよなぁ……』
皆に味の善し悪しを――それこそハイファにまで――聞いてみたんだが、全員の答えは一致していた。曰く、甲乙付けがたい、と。ちなみに俺も同意見。
『味そのものは各人の好みになりそうだし……あとは原料の生産性とかだな。搾汁の手間で言えばシュガートレントの方が楽なんだが……』
『あれって、主様以外が作業しても同じでしょうか?』
『……正直言って判らんな』
『ますたぁ、他のぉ、人のぉ、意見はぁ?』
『……そうですな。ライの言うとおり、エルフやアンデッドたちにも意見を聞いてみては如何でしょうか』
『……そうするか』
・・・・・・・・
前回市販品の砂糖を味見してもらったオーガスティン邸の皆に、今度も味見をお願いしようとやって来た。今回はダバルもついでに呼んである。
「……というわけで、こちらが試作品の砂糖と糖蜜だ。二種類あるから味を較べてもらえるか?」
俺としては簡単な事を頼んだつもりなんだが……なぜ、全員が硬直するんだ?
「……いえ……閣下……砂糖とは……そう簡単にできるものではないと思うのですが……」
頭痛を堪えるかのように、指先で眉間を押さえて、力無く呟くダバル。しかし、問いかけられたクロウの方は、キョトンとした様子で言い返す。
「いや? 確かに原材料を入手するのは少々面倒だが、少量を造るだけならそれほどの手間じゃないぞ?」
訝しげなクロウの返事に、深く深く深~く溜息を吐くオーガスティン邸の住人一同プラス一人。
「まぁ……ご主人については今更だ。ともかく試食とやらに取りかかろう」
やや投げやりに言い切ったハンクに、他の面々が黙って頷き、各人が砂糖の欠片に手を伸ばす。
「甘っ!」
「凄い……雑味がまるで無いわ……」
「本当に……後に残るエグ味が無いですね……」
「いや、それよか混ざりもんがまるで無ぇぞ」
「「お砂糖ってこんなに美味しいんだ……」」
「いや……普通はここまで美味くないからな?」
一頻り砂糖を味わった後で、今度は糖蜜に手を伸ばす面々。
「砂糖とはかなり味が違うんだな……」
「けど、これはこれで美味いぜ?」
「ちょっと癖があるから、料理には使いづらいかも……」
「でも、「こっちも凄く美味しいです♪」」
「いや……誤解しないで欲しいんだが、糖蜜と砂糖を食べ比べるんじゃなくて、二種類の砂糖――あるいは糖蜜――のどちらが好みかを聞いてるわけだからな?」
そう言うと全員が困ったようにこちらを向く。互いに眼交ぜで牽制し合っていたが、結局、貴族出身のマリアと料理番のアンナが代表で意見を言うようだ。
「済みません。どちらもこれまでの砂糖と比べものにならないくらい美味しいので……」
「風味が違うというのは判るんですけど……調味料としての使いどころが違ってくるだけで、優劣があるとは思えなくて……」
ふむ……では、聞き方を変えるか。
「売りに出した場合、どちらが売れると思う?」
「「両方売れると思います」」
全員が首を縦に振って同意した。結局決まらずか……。




