第七十八章 砂糖 3.製糖原料の検討
どう言い繕ったところで俺たちは小勢だ。そんな俺たちがテオドラムの経済に打撃を与えようとするなら、小さな力でも大きな影響を与え得る部分を狙うしかない。つまりは、少量で価値の高い生産物が狙い目というわけだ。
亜人たちの報告書を見て、俺はテオドラムの独占産業とも言える砂糖をターゲットに定めた。テオドラムの独占的生産に楔を打ちこんでやろうと考えたわけだ。
市販品の味見をした限りでは、テオドラムの製糖技術はお粗末としか言いようがない。灰みたいなものが混じっていたのは、おそらく夾雑物の除去に木灰を使ったんだろう。しかし完全に除去できていないため、わずかながらエグ味が残っているし、木灰そのものも除けていない。石灰を使っていないのは、国内で石灰が採れないためか? 糖蜜との分離も不完全だった。これなら付け入る隙は充分にある。
そうすると次に、製糖原料を何にするかというのが問題になる。製品を見る限り、テオドラムが製糖原料としているのは甜菜、別名をビートというやつだろう。砂糖大根と呼ばれる事もあるが、大根ではなくホウレンソウに近い植物だ。比較的冷涼な気候条件でも生育するから、この辺りで栽培するのには都合がよかったんだろう。なら、差別化を図るために、俺たちの砂糖はビート以外を原料にするか? 地球世界で最も多く栽培されている原料植物は甘蔗、すなわちサトウキビだ。甘藷すなわちサツマイモと紛らわしいためか、甘蔗の名で呼ばれる事は少ないようだ。熱帯産の植物だからこの辺りで栽培するのは難しいだろうが、ダンジョン内で栽培するのなら問題はない。
問題点は別にある。
俺が供給するダンジョン産の砂糖は、テオドラム糖の品質を大きく上回るはずだ。もとより儲けは度外視だが、ダンジョンで造るためコストは低く抑える事が可能。価格競争力も充分だろう。だが、所詮は俺の家内制手工業。需要の全てを賄えるわけがない。砂糖の秘密を探ろうとする連中が増えるのも明らかだ。最大の問題は、この辺りでは気候的にサトウキビの栽培が困難であり、俺の手を離れての砂糖造りができないという点にある。基幹技術を異世界人に依存するというのは不健全だろう。
散々に頭を捻って、爺さまや眷属たちの知恵も借りて出てきた回答は次のようなものだった。
第一に、所詮家内制手工業のレベルなんだから、製糖産業全体を牛耳るのは不可能で、流通量の少ない高級品に留まるのが精々だろうという意見が出た。仮に俺がテオドラムより低価格で販売しても、品質が段違いならプレミアが付いて高級品として転売されるだろうというわけだ。流通量が少ないためにテオドラムへの影響も限定的となるが、少なくとも独占体制は崩せる筈だという意見だ。
第二の意見はもう少し過激で、この辺りの気候でも生育できるサトウキビを作れないかというものだった。ダンジョンマジックを使えば何とかなるんじゃないかというのが従魔たちの意見だ。そこまで不自然な生き物を生み出すのはどうかと思ったんだが、これに対しては、農作物の品種改良自体が不自然な技術なんだから、今更気にする事ではないと反論された。野外への逸出にさえ注意しておけば問題ないだろうとの意見である。遺伝子汚染の危険については、キーンがあっさりと切り捨てた。
『だって、こちらの世界には、サトウキビって無いんでしょう? 万一あっても、この辺りには生えてないんでしょう?』
交雑なんか起きようがないという正論には反論のしようもなかったな。
製糖の秘密を探ろうとする者への対処は、最終的に亜人に栽培を任せればいいとの意見が出た。
『もともと亜人たちの戦いなわけじゃからな。彼らの手でなすのが筋じゃし、彼らも喜んで働くじゃろうよ』
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そんなわけで済し崩しにサトウキビを原料とする方向で纏まったわけだが、それ以外の原料についても一応は検討したんだよ。
まず、蜂蜜はこの世界でも知られており、砂糖の代替品にはならないという事で却下。
麦芽などのモヤシで作る飴は、家庭レベルで作る物であり、量産するには保存と品質管理の点で問題がありそうなので、これも却下。
甘葛の正体は定かでないが、ツタの樹液から作製する方法が知られている。ただし、作業が冬の時期に限られる上、原料となるツタを収奪的に消費するため、安定的な大量生産が難しいだろうとなって、これも却下。
最後に甘茶が残った。ヤマアジサイから甘味のある系統を選抜してできたもので、夏に採った葉を発酵・乾燥させたものを茶のようにして飲む。ちょっと草っぽい味がするが結構上品な甘味で、俺は気に入っている。ただ、味に癖があるので、調味料としては砂糖に劣るんだよな。けど、おやつ代わりなら仕えるんじゃないかとも思える。これについては保留。
ま、とりあえずはサトウキビをどっかから入手するか。




