第七十八章 砂糖 1.市販品の味見
ヴィンシュタットのオーガスティン邸に跳んだ俺は、爬虫人のちびっ子たちにお使いを頼む事にした。……うん、正直言って、そろそろ怪しまれている自覚はある。毎回唐突に地下室から出てくるんだからな……。それでも深く追求しないあたり、召使い教育が行き届いているんだろう。
「ハク、シュク、済まんがお使いを頼まれてくれないか?」
俺の言葉に二人はちらとカイトの方を見たが、カイトが頷いて了承の意を示すと、元気のいいユニゾンが返ってきた。
「「はい!」」
「それで、何を買って来させようってんで?」
「あぁ、砂糖をな。味見したいから、高いのと安いのを取り混ぜて適当に頼む」
「「……え?」」
なぜか二人が固まった。……どうかしたか?
不審気に二人を眺めているクロウに、咳払い一つして説明したのはマリアである。
「あの……ご主人様。砂糖は高価なものですし、ご主人様が言われるように色々買い集めるとなると、間違いなく金貨で支払う事になります。ハクとシュクにはちょっと荷が重いかと……」
あ~、さすがに八歳児にウン十万円の現金を持たせるのはきついか?
クロウが二人の方へ顔を向けると、二人とも凄い勢いでコクコクと頷いている。
「しかし……貴族の召使いなら、これくらいのお使いはするんじゃないのか?」
「いえ……さすがにただの召使いがそこまでの大金を運ぶ事は滅多にありません。主人の名代で大金を運ぶとなると、執事や家令の仕事ですね」
執事と家令の違いがよく判らんが……。余計な事で首を捻っていると、タイミング良く――あるいは悪く――カイトが会話に乱入する。
「へぇ、それじゃハクとシュクは執事候補ってわけだ」
余計な事を言う、と言いたげに絶望的な視線を投げかける二人だが、そんな事に気がつくカイトじゃない。だが、いい事を言ったな。俺もそれに乗っかるか。
名案とばかりにクロウが薄く嗤って皆をどん引きさせていると、ダンカン改めハンクが咳払いをして話に加わってきた。
「あの……よければ自分がついて行きましょうか?」
「ダ……ハンクか。いいのか?」
「はい。自分も新しい名前に慣れたいですし、イラストリアから来ている連中も、今の自分を見てそれと判るとは思えませんから」
ハンクはアンデッドとなった結果、生前よりもかなりスマートになった。髪の毛や皮膚の色も薄くなってるし、何より顔の半分を覆っていた火傷の痕――本人に言わせれば、ドラゴンのブレスを防いだ時の名誉の負傷だそうだが――も綺麗さっぱり消えてるからな。確かに気づくやつはいないか。
「じゃあ、頼めるか?」
「お任せ下さい」
・・・・・・・・
お使いから戻った三人が持ち帰って来たのは、黒砂糖の塊が二個と、小さな瓶に入った砂糖が三個であった。いずれも同じ分量のようだ。
「……おい、随分とたくさん買い込んだじゃねぇか」
「ご主人様のご希望が味比べだったからな。……買い過ぎたでしょうか?」
「いや、そんな事はない。で、どれがテオドラムの砂糖なんだ?」
そう聞くと、ハンクは困ったように答えてきた。
「全てです。少なくともこの国では、舶来品の砂糖を入手するのは困難かと」
あぁ……それもそうか。ここは砂糖の生産地だものな。
(「……で、こんだけで幾らになったんだよ?」)
(「金貨四枚と銀貨二十枚だな」)
(「……そいつぁまた……随分と張り込んだじゃねぇか」)
(「何しろ、渡された資金が金貨二十枚だったからな……」)
(「なっっ! 二十っっ!」)
(「あぁ……ハクとシュクは魂が抜けかけてたからな」)
……何か後ろの方が騒がしいな……。




