第七十六章 銅版画狂想曲 4.封印遺跡
「足下に気をつけて下さいよ」
俺は王国軍第一大隊の兵士たちに付き添われて、シャルドの「封印遺跡」に足を踏み入れている。しがない旅の絵描きふぜいに、王国からの依頼を断れるわけがない。で、先方の希望する作画ポイントへと案内してもらっているわけだ。
「軍……あるいは王国としては、何ヵ所ぐらいの作画をご希望なんですか?」
「とりあえずは三ヵ所ほど。場所の選定にはクロウ様のご意向も参考にするとの事でした。それと……今回公開するのは三ヵ所ですが、今後も調査の進展に伴って場所を増やしてゆきたいとの事でした」
「解りました。それと……様はよして下さい。背中がむずむずします」
「は……はい。解りましたクロウ様……さん」
「さん、で。それと……何とお呼びすれば?」
「し、失礼しました。自分はボリス・カーロック。第五中隊歩兵第二小隊長を務めています」
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「最初に描いて戴きたい場所はここです」
案内されたのは一番手前の広場だ。石材なんかは積んでないが、周囲に幾つもの小部屋がある広場だな。
「どの角度から描きますか?」
「え、えぇと……お任せします」
懐からメモを出して確認してるな……。
まあ、いい。亜人受けしそうな構図は……やはり、入り口から見た広場の全景と、周囲の小部屋の様子だろうな。前者は広場の中央の篝火を光源にするとして……後者は小部屋の中に蝋燭か何か置いて、部屋の外からスケッチするか……。
「あ、あのぅ、ここは一枚で結構なんですが……」
「えぇ。ですから二枚ほど下描きを描いて、お好みの方を選んで戴こうと」
「あ……そうなんですか」
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「二ヵ所目はここです」
案内されたのは、石材が山積みになった小部屋。ここは外から見た構図しか描けないな。さっさとスケッチを終えるか……。
「あ、済みません。松明はもう少し左に……それくらいで」
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「三ヵ所目はここを」
掘削を途中で中止した感じを演出した場所か……。さすがに「ゴミ」を置いていた場所は対象外にしたようだな。
「何となく、掘るのを中止したって感じですね」
「ええ、実際そのようです」
「これは……描くのが難しいですね。画面を締めるポイントがない」
のっぺりとした岩壁だけ描いてもなぁ……
「あ……それでは……他に絵になりそうな場所がありましたか?」
「そうですね……来る途中の道の両脇に溝がありましたが、あれは何ですか?」
「あ……あそこは、その、まだよく判っていないので……」
ふぅん? 流砂トラップだと気づいた上で、隠そうとしているのか?
「……判りました。それじゃぁ……最初の広場を道の少し手前から見た構図で描いてみたいんですが?」
「わ、判りました。大丈夫だと思います」
「それから……」
「ま、まだありますか?」
「ええ。通路の中から外を見る構図で一枚、入り口の扉に刻まれていた模様を一枚、あとは……同じような入り口が三つ並んでいましたが?」
「扉の模様については、一応上官に諮ってみます。申しわけありませんが、この場で即答はできません。それと……残り二つの通路は行き止まりです」
「行き止まり? それは是非とも見てみたいですね。きっとエルフたちの興味をそそりますよ?」
「あ、あの……一応上官に聞いてみます」
結局、広場を手前から望む構図で一枚、遺跡内から外を眺める構図で一枚、扉に刻まれた模様――似非魔法陣なんだが――のアップを一枚描いた。行き止まりの通路は駄目らしい。
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「……予定の倍の六枚か……選ぶのに苦労しそうだな……」
「ええ。なのでここは一つ、六枚全部を描いてもらってはと思うんですが」
「六枚公表するってのか?」
「それは出来映えを見てから決めればいいでしょう」
「……そうだな。解った、それでいこう」
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結局、俺が出した下書き六枚の全てを原画にするようにと依頼された。印刷は王城内の工房でやるらしい。ボルトン親方は残念がるだろうな。せめて遠景の絵を少し描き足しておくか。あ、ちなみに画料はなんと、原画一枚当たり金貨二枚を貰う事になった……口止め料込みで。
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「……凄ぇ出来映えだな、ウォーレン」
「ええ。正直な話、あの暗い遺跡内でどれだけ描けるのか心配だったんですが……取り越し苦労でしたね」
「こうなると、どれを公開するか悩みどころだな……いっそ、全部印刷するか?」
「一度にそれは勿体ないでしょう。当初の予定どおり三枚ずつ、二回に分けて出しましょう」




