第七十六章 銅版画狂想曲 3.王国からの依頼
「いやぁ、お目にかかれて光栄です。ここで貴方に会えるとは、本当に我々は幸運でした」
「はぁ……」
今、俺の前には三人の男性が並んで座っている。両脇の二人は以前ここの図書館で出会った第一大隊の兵士、確かダールとクルシャンクといった筈だ。そして中央に上機嫌で座っている若い男性……王国軍第一大隊の副官で、マンフレッド・ウォーレン卿というそうだ。俺の天敵みたいな立場の方々だよな……。
(どうしてこうなった……)
俺は少し前の出来事を思い返していた……。
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ボルトン親方の工房へシャルドの版画の原画を届けた翌日、夕方になって宿に戻ると親方からの伝言が届いていた。曰く、試し刷りができたから確認して欲しい。
昨日の今日でもう印刷かよ!? と、内心驚いたが、もう遅くなっていたので訪問は翌日に廻す事にした。翌朝工房を訪れた俺が目にしたものは、既に各二百枚ほど刷り上がった「試し刷り」だった。
「試し刷りにしては枚数が多いですね?」
「いや……ぱっと見ておかしな所は無いように思えたもんで……ついな」
確かにおかしな箇所はない。ただし……
「現地の状況を間違いなく正確に写し取っているかどうかは、確言できませんよ?」
「あぁ、この出来なら誰も文句は言わねぇよ。雰囲気は出てるしな」
「ならいいんですが……幾らで売るおつもりですか?」
「おう、そいつを相談したかったんだ。まず、原画の代金だが……」
「親方っ!! 未払いだったんですかっ!?」
仰天したように叫んだのはミケル君だ。まぁ、そうだろうな。俺も済し崩しに原画を渡して、後になって気が付いたしな……。
「い、いやな。つい勢いで……」
「ついじゃありません! うちの信用問題です!!」
「あの……自分も忘れていたので、そのくらいで……」
信じられないものを見たように俺を振り返ったミケル君だが、寸刻の後盛大に頭を下げた。
「申し訳ありませんっっ! 親方は後できっちりシメておきますので、どうかお許しをっ!!」
いや、上司をシメるって、君……。
結局、原画一枚当たりに金貨一枚を画料として貰う事になった。細密画でもないスケッチに金貨一枚は高すぎる――精々半金貨一枚だと思ったんだが、先方が頑として受け付けなかったんだよ。歩合制という案もあったが、俺がバンクス常駐ってわけにいかないからな。原画を買い取る方にしてもらった。
親方は版画一枚を銀貨一枚で売り出すと言っていたが、売れるかどうかは神のみぞ知るってやつだろうな。
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……それが一週間ほど前の事。
今、俺は王国軍の三人の前に引き据えられている。……どうしてこうなった。
「いや、貴方もシャルドに行かれたのならお解りでしょうが、亜人たちのシャルド詣では衰える様子を見せませんでね」
そのようで。
「内部を見せろ、公開しろと言う声も大きいのですが、まだ内部の調査が完全には終わっていない状態で、部外者を入れるわけにはいかないんですよ」
なるほど。
「内部は足場も悪く、入り組んでいる上に、石材なんかが積んである場所もありまして、危険なわけです」
知ってます。
「ですが、どうもこれ以上突っぱねるのも難しい状況になってきまして……」
ほほう?
「そこに貴方の絵が登場したわけです!」
何か風向きがおかしくなってきたような……。
「これは第一大隊、いえ、王国からの正式な依頼です。シャルドの遺跡の内部を描いて、亜人向けの版画を作って戴きたい」
……一体全体、どうしてこうなった……。




