第七十五章 ビール 3.試飲~オーガスティン邸の住人~
とりあえず一ヶ月ほどして、ピルスナータイプの試作品が完成した。気になる魔力の付与は……やっぱりか。地球世界から持ち込んだ酵母を使ったものは、何やら怪しげな効果がついている。少しだけだが基礎ステータスの向上が見込めそうだな。一方、死霊術で復活させた酵母を使ったものは……おぉ、こっちは大丈夫だ。呪われたりしないか不安だったんだが……呪いも加護もついてない。
……いや、それはいいんだが、よく考えると……これって、酵母とはいえアンデッドが増殖したって事だよな?
……深く考えるのはよそう。きっと、酒の神様のご加護があったんだ。そうに違いない……。
……さて、肝心の味の方は……さすがに素人が造っただけあって、味のキレも風味も市販のビールには及ばないな。どこか垢抜けないというか……。それでもピルスナーの特徴は出ているから、内輪のデモンストレーションには使えるだろう。酵母の違いによる味の差は……俺には区別できない程度だな。だが、加護つきのビールのお披露目は、せいぜいカイトたちまでで止めておくのが無難だろう。
今回試作したのは一種類だけだが、麦汁の濃度、加えるホップの量、発酵および熟成の期間などによって、かなり風味は変わるだろう。上面発酵のエールタイプにホップを使ったら、また違ったタイプができるだろうし。
さて、約束どおりカイトたちに試飲させてやらんとな。あ、今回は酒だから、お前たちには飲まさんぞ?
『残念ですぅ……』
『うぅ……残念だけど、諦めます……』
・・・・・・・・
「で、これが約束の試作品だ。飲んでみて感想を聞かせてくれ」
ダンジョンマジックで冷やしたビールの樽をオーガスティン邸に持ち込んだ。ついでに、人数分のガラスコップも準備しておく。折角のピルスナータイプだし、目に見える美しさも楽しんで欲しいしな。コップに注いでいくと、皆が目を瞠って黄金色の液体ときめ細かな白い泡を眺めている。少し逡巡したが、ハクとシュクの分も準備しておく。まだ八歳だから飲酒の習慣をつけさせるのは駄目だが、味見の機会くらいは与えてやりたい。……地球産の酵母を使ったやつだから、こっそり御利益もあるだろうし。
「さ、気が抜けないうちに飲ってくれ」
「……そんじゃぁ、まぁ、ゴチになります」
礼を言って早速手を伸ばしたのはカイトだ。他の面々が見守る――毒味をさせる気が満々だな――中、ゴクリと一口飲んだカイトが目を見開く。
「何すか、コレ!? よく冷えていて、心地よい苦みがあって、あっさりして後を引かない味わいで……」
言い終わる前に再度コップを口に運び、それから後は一息だった。
「美味っ! お代わり、いいっすか?」
カイトの様子を見て他の面々も試してみて、皆一様に驚いている。
「……今までに飲んだ事が無いタイプですね……」
「ご主人様、これは?」
「あぁ、俺の国の酒で……この国で言えばエールに近いかな」
「エール!? これが? まるで別物じゃぁねぇですか」
「軽くてすっきりした飲み心地ですね……いくらでも飲めそう」
「「ちょっと苦いけど……舌がピリピリして面白いです」」
「ハクとシュクにはまだ早いだろうが、その一杯は飲んでおけ。ちょっと特殊な製法を試したやつでな、少しだがステータスアップの効果がある」
そう言うと、元・冒険者メンバーが顔色を変えた。
「ご主人様っ! それって、俺たちにも効果がありますかっ!?」
「断言はできんが……あるいはな」
アンデッドの筈だった酵母が増殖したんだ。スキルアップくらいしそうな気がする。
「こりゃ、逃すわけにゃぁいかねぇや」
「おいっ! 独り占めするんじゃない!」
「こっちにも回しなさいよ!」
カイトたちが地球産酵母で造った酒を取り合っている隙に、使用人たちはちゃっかりともう一つの方をお代わりしていた。
「……綺麗」
「こう冷やして飲むと格別だな……ご主人様のお国の飲み方なんですか?」
「あぁ、俺の国では温くなったエールなんて誰も飲まんぞ」
「さっぱりしてる分、濃い目の料理にも合いそうですね」
「揚げ物とかもそうだが、枝豆といって若い大豆を塩茹でにしたものとの相性もぴったりだぞ」
「へぇぇ……食べてみたいですねぇ」
片や一杯を巡って殺気立ち、片や和気藹々の集団だったが、持ち込んだ小樽二個が空になった頃、試飲の感想を聞いてみた。
「売れると思うか?」
全員の答えは、一口飲ませれば少々高くても絶対に買う、というものだった。




