第七章 シルヴァの森 3.エルフの村
第七章の最終話です。
「ホルンよ、お主の言うておる事は支離滅裂じゃ。儂らのために戦ってくれる者を援護するのがなぜ悪い」
クロウから望みもしない全権大使に任命されたホルンは、村人たちの説得に難渋していた。クロウにはクロウの都合があるのだが、その都合の内容を教えてもらえなかったホルンは、どうしても説得力のある説明ができなかった。しかし、もしもここでクロウの信頼を裏切ったりしたら、エルフたちにどんな災難が降りかかるか判らない。あの精霊使い様の魔力は桁が違う。たとえこの身を賭してでも、精霊使い様の言いつけを守らなければならない。ホルンは最悪拘束の魔法か睡眠の魔法を行使してでも、村人たちを足止めする覚悟でいた。
「長よ、精霊使い様のお考えは俺には解らん。解るのは精霊使い様が俺たちのために戦って下さるという事、そのためには俺たちが邪魔をしてはいけないという事だけだ」
「ホルン、俺たちの手助けが邪魔だというのか?」
「シルヴァの森のエルフは無能でも腰抜けでもないぞ?」
「そうだ。我々にだって侵略者どもに一泡吹かせる事ぐらいはできる」
「駄目だ! 精霊使い様が準備しておられる大魔法は、予定外のものが入り込むのは絶対に禁物なんだ。もし、俺たちが下手に乱入したら、我々の恩人のお命をすら危うくしかねんのだぞ! シルヴァの森のエルフは考えなしの恩知らずと罵られてもいいのか!」
武器を手にして口々に参戦を叫ぶエルフたちを、ホルンは必死になって止めようとしていた。
「ホルンよ。お主はなぜそうまで異国の精霊術師を信じられるのじゃ? たかだか二、三日程度の知り合いであろうが」
「長よ、精霊使い様を一目見れば、そのお力の偉大さが判る。あれだけの魔力を感じ取れぬ者は魔術師にはおらぬ。俺の言葉が信じられぬと言うなら、エッジの村外れの精霊樹様を信じてくれ。精霊使い様を紹介して下さったのは、他ならぬ精霊樹様なのだぞ」
「ふむ……。皆の衆よ、ここはホルンの言う事を聞いておこう。物見が侵略者どもの接近を知らせてからかれこれ三時間。のろまの人間どもの足でも、二時間もあれば村の近くに着く筈じゃ。じゃのにいまだにその気配がせぬ。と、いう事はじゃ、異国の精霊術師殿が侵略者どもの阻止に、それも剣戟の音一つ立てさせずに成功したという事じゃろう」
言われて初めてエルフたちは、男爵軍がやって来ない事に気がついた。ホルンの言うとおり、異国の精霊術師が男爵軍の阻止に成功したのだろうか? しかし確かめもせずにそう信じ込むのは危険すぎる。ここは何としても確認に行くべきだ。村の安否がかかっている。異国の精霊術師には感謝してもいいが、村の安全をかけるわけにはいかない。
確認に行くべきと口々に叫ぶエルフたちを押しとどめているホルンは、何かが自分の心から抜け落ちていくような感覚を覚えた。この馬鹿どもが、口で言っても解らんのなら、いっそ拘束魔法か睡眠魔法で片付けてやろうか。
ドロドロ鬱々とした感情に飲み込まれそうになった時、クロウに託した通信の魔道具が起動した。
『ホルン、聞こえるか?』
『精霊使い様!』
「うん、精霊術師殿からの連絡か?」
「魔道具を渡していたのか」
『ホルン、男爵軍二個中隊は片付けた。二、三十人ほどは取り逃したが、当分はシルヴァの森に悪さはできまい』
『もう撃退なさったのですか!?』
『あぁ、そのために強い魔法を使わざるを得なかったが、森への被害を抑えるために、かなり危なっかしい陣を張った。当分は指定した場所に近づくな。森の外の場所も含めてだ。下手に近づくと魔導の陣が暴走して、森全体が消し飛ぶぞ』
説明を聞いたホルンは青いを通り越して白くなった。魔道具のそばで聞き耳を立てていたエルフたちも同様である。もはや確認に出るなどと言う者は一人たりともいなかった。
『どうせ俺の言葉が信用できんとか言うやつがいるんだろう? 今からしばらく村を離れて森の奥で野営しろ。今日明日にかけて男爵軍が来ないのを確認したら、阻止に成功した事が判るだろう。そして、男爵軍二個中隊四百人を殲滅する魔術がどれだけ危険かという事もな』
エルフたちは長も含めて言葉もない。クロウのそっけない口ぶりが、却って話に信憑性を与えていた。誰に相談するでもなく、エルフたちは一旦村を離れる準備に取りかかった。カリスマというのか威厳というのか、それともただ本能的に「コイツはヤバい」と感じただけなのか、エルフたちはクロウの言葉に従っていた。
三日後、クロウから許可をもらったエルフたちは、交戦区域に指定されていた場所へ赴いた。一見何の変わりもないその場所には、確かに何か魔力の痕跡があったが、その正体は判らなかった。森の外ではいささか焼けこげた跡や血の臭いが感じ取れたが、やはりそれ以上の事は判らなかった。屍体こそ残っていなかったが、魔術に長けたエルフたちには、その場所が間違いなく死の舞台となったことが明らかであった。
得体の知れぬ強力な精霊術師が、たった一人でエルフの住む森を守ってくれた。それだけがエルフたちに理解できた事であった。
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『よ~し、それじゃぁ、ロムルス、レムス、男爵軍の装備一式を渡すぞ。あ、ヤルタ教の護符とやらは吸収せずに解析しておいてくれ。後で何かに使うかもしれんからな』
『承知いたしました、クロウ様。それにしても鮮やかなお手並みでしたね』
『いや、あいつらが馬鹿だっただけだからな。重装歩兵で森林戦を闘おうと考えるなんて、ある意味只者じゃないぞ。毒虫が背中に潜り込んだりしたら、どうするつもりだったんだろうな?』
『男爵領の兵隊は評判もそれなりでしたからねぇ……領主相応だと』
『あぁ、やっぱり領主も馬鹿なのか……』
『クロウ様、この後はいかがなさいますか?』
『俺の世界じゃこう言うんだ。「水に落ちた犬は叩け」ってな』
次話では次の章に入ります。バレン男爵領への追い討ちです。




