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第七十五章 ビール 1.ホップ

 自然観察をやっているとしばしば経験する事だが、すっかり馴染みとなったつもりの場所でも、歩いているうちに思いがけないものにぶつかる事がある。知り合いのバードウォッチャーは「継続は力なり」と言っていたが、少し意味が違う気がする。ともあれその日、バンクスの市場で薬草類を眺めていた時に出くわしたのは、そんな出物の一つだった。


 大きな袋に山盛りに詰め込まれているソレには見覚えがある――薬草としてではないが。こっちでは薬草かハーブのような扱いで売られているようだな。


「よぉ、今年もやって来たのか。買うかい?」

「そうだな……これはまだ買ってなかったから……一袋貰うか」

「毎度あり……って、そんなにどうすんだ? 調べるだけなら一掴み程度でも分けてやれるぜ?」

「いや、種類の違うのが混じってるみたいじゃないか? 割合も調べておきたくてな」

「へぇぇ……薬草調べってのは、そこまでやるもんかね……。調べ終わったらどうするんだよ」

「ま、薬草ならそうそう悪くはならんだろうしな。これなら使い勝手も悪くない。暑くなる前に使ってしまえるだろう」

「その口ぶりじゃ、使い方は知っていそうだな?」

「あぁ、一応は知っているが……例によってこの辺りでの使い方も聞いておきたい。教えてもらえるか?」

「いいぜ。こいつはな……」


 一通り使い方を聞いた後で――こちらの世界では、かつて地球世界でもそうだったように、健胃効果のあるハーブとして使われていた――宿に持ち帰ったそれは、俺たちの世界ではホップという名で知られている。


 ビールを造るのに必要不可欠な原料として。


『マスター、そんなに一杯買って、どうするんですか?』

『あぁ、ちょっと試してみたい事があってな』


 以前から気になっていたんだが、こっちの世界には所謂(いわゆる)ビールがない。エールという名で似たようなものはあるんだが、俺がよく知っているビールとは――冷やして飲む習慣がないという一点を別にしても――かなり違う。


 エールとビールの違いはホップの有無だって説――(もっと)も、これには異説もあるらしい――を聞いた事があるんだが、こっちの世界ではそもそもビールという言葉がないようだ。聞いた限りじゃどこでもエールと呼んでいる。


 で、そのエールだが、ホップを使っていないらしく、あの特有の苦みがない。ホップの代わりにハーブを使っているようだが、この点は地球世界の昔のビールと同じだろう。俺が馴染んだビールよりは(ほう)(じゅん)でフルーティな感じがするし……ひょっとして、これがいわゆる上面発酵ってやつなのかもしれない。


 で、ホップが手に入った以上、エールじゃなく「ビール」を造ってみたいと考えるのは自然な流れだろう? あとは麦さえ手に入れればいいんだが……バンクスで買うと目立つかもな。俺が旅暮らしだってのは、そこそこ知られてしまったし。……どっか他所(よそ)で買った方がいいか。でも、まず最初にホップの仕分けだな。



 予想したとおり袋に詰まっていたホップには、雌株の毬花だけでなく若葉や雄株の花なども一緒に入っていた。ビールを造るのに必要なのは雌株の毬花だけなので、それ以外は取り除いていく。受精した毬花は有効成分が劣化するそうだから使いたくないんだが……ま、今回は試しという事で。受粉したかどうかは気にせず、毬花は全部使うとしよう。


 エールという語は、麦酒を指す語として英語圏でビールより古くから用いられていたようですが、それだけに何を指すのかが曖昧なところがあります。例えば、ビールを上面発酵のエールと下面発酵のラガーに分ける事があります。クロウたちが活躍するイラストリア王国近辺ではビールという語が使われていないため、地球世界で大勢を占める「ホップを使用して下面発酵で造られた麦酒」をビールと呼ぶ事になりそうです。

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