挿 話 とある三文作家と新年会~あるいは残念な編集者ふたたび~
ロビーに子供たちの声が響き渡る。多分ハクやシュクと同じくらいの筈なのに、この子たちはずっと幼く見える。いや、ハクとシュクが子供にしては大人びているのか。要らぬ苦労をしたせいなんだろう。本当ならこの子たちのようにはしゃいで走り回っている年頃なんだろうか。……あ、母親に小突かれて泣き出した。
……爬虫人の種族特性という可能性もあるな。どうもあの二人がごっこ遊びに興じている姿とか思い浮かばない。今の姿が落ち着き過ぎているからなぁ……。
そんな事をぼんやりと考えていると、後ろから声をかけられた。
「黒烏先生~、随分熱心にご覧になってますねぇ~♪」
「草間さん、得難い同志を見つけたような声を出さないでくれるかな」
「えぇ~、でもぉ~、食い入るような視線でしたよ~」
人聞きの悪い。ほら、親たちがこっちを見て、子供たちを遠ざけ始めた……。
「自分の子供の頃を思い出していただけだよ。こんな立派なホテルなんかに連れてきてもらった憶えがないからね」
「そう言えば、あたしもありませんね~」
「だろう? 時代も変われば変わるもんだと思ってさ」
「お正月って、大体が自分の家で迎えるものでしたよね~。正月飾りを飾って」
「そうそう。うちは門松は立てずに松飾りだけだったけどね」
「うちは門松飾りましたね~。鰯の頭とか、繭玉とか」
鰯? 繭玉?
「……ソレ、時期が違わない? 鰯の頭は節分で、繭玉は小正月――陰暦の一月十五日頃――だろ?」
「そうでしたっけ~? でも、繭玉は飾ってたような……あぁ、ウチの母親、別々にやるのが面倒臭いって言ってましたね~」
「罰当たりな……」
さすがに草間女史の母親だな……。
「いえ~、共稼ぎだったんで、主婦やるの大変だったと思いますよ~」
「ああ、そうか。ウチは専業主婦だったからかな。割とマメにやってくれたよ」
そろそろ説明しておこう。正月早々に俺がホテルにやって来ているのは、ここで開催されている出版社三社合同の新年会に出席するためだ。普段はこの手の催しに参加しないんだけど、年頭の新年会ぐらいは参加しないとな。作家間での交流や情報交換って意外と大事なんだよ……あの出版社は経営が危ないとか……。酒と人いきれに少し酔ったので、ロビーに出て頭を冷やしていたんだが……却って疲れが増したような気がする。
「お迎えも来たし、そろそろ戻るかね」
「……何か、あたしが死神みたいに聞こえるんですけど……」
「そこまでは言ってない」
せいぜいその草履取りくらいだろ、アンタは。
「おや、黒烏先生のご帰還だ」
「新作、結構評判いいみたいじゃないですか」
同じ出版社で書いている先輩の作家諸兄だ。
「ご無沙汰しています。斎先生、革堂先生」
斎庚之介、時代物の本格推理という希有なジャンルで名を成した大先輩だ。年長者の割に、あるいは年長者だからなのか、俺のような引き籠もりの若輩者にも気さくに声をかけてくれる。親切ではあるがべたべたしない性格なので、俺みたいなコミュ障予備軍でも気楽に話せる数少ない相手だ。
「また草間君に絡まれてたのかい?」
「黒烏さん、彼女に目を付けられてますからねー」
俺より年長のくせに敬語で、しかしさらりと不吉な事を言ってのけたのは革堂多貸、誰に対しても敬語で話すくせに誰に対しても平気で軽い悪戯を仕掛けるという、中々に油断のならない性格の先輩だ。そのせいで、革堂ではなく狡童――狡賢い悪童――だろうと言われる事も度々ある。これで意外にもファンタジックな少女物を得意としていたりするから、世の中解らないものだ。
「革堂先生……目を付けられてるって、何ですか?」
「いやぁ、新作の主人公、彼女好みの少年じゃないですか。好みの展開にしようと、色々画策しているみたいですよ」
冗談じゃねぇ!
「……彼女も無能なわけじゃないんだけどね」
「だから余計に始末が悪いんです」
「あの趣味嗜好さえどうにかしてくれればねぇ……」
「草間じゃなく腐間って陰口叩かれるくらいに腐ってますからねぇ」
その二つ名は初めて聞いたな……。
「割とベタな展開が好きだから、臭間だって言われる事もあるねぇ……」
おぉ、こっちも初耳だ。
「……色々と武勇伝があるみたいですね、彼女」
「黒烏君はあまりこういう集まりに出てこないだろ? 彼女は結構話題の中心だよ?」
「……知って楽しい話題なんですか、それ?」
「微妙なところかもねぇ……」
「端から眺めている分には面白いですよ。僕の専門は少女物だから、彼女はあまり絡んでこない」
「そんな利点が! ……制作方針を変更しようかな……」
「いや、黒烏先生の読者層とは違うでしょ? 編集サイドも喜ばないと思いますよ?」
「それはともかく、腐間除けのヒントが貰えただけでもありがたいです」
「あとは……剣持編集長と仲良くするのも手かもね。彼女も編集長には頭が上がらないし」
「以前に将棋に付き合わされて大変だったんですよ……」
「あ~、七連敗もしたって、剣持さんぼやいてたよ。段位か何かもってるの?」
「ただの素人将棋ですよ。ハメ手を使ったら編集長コロリと引っかかって……」
「そりゃ、自業自得だね」
「黒烏さん、人嫌いを標榜してる割に多芸で、誰に対してもそつなく相手しますからねー。皆、中々会えないのを残念がってますよ」
「……八割引で聞いておきます」
「いやいや、今回は彼のいう事は本当だよ」
「斎先生、今回はって……」
「以前に騙されて隅田川をタライで下らされた事、僕は忘れないからね」
……その話は聞いてみたい。




