第七十四章 新年祭 4.ヴィンシュタット
テオドラム王国の首都ヴィンシュタットでも、宗旨は違えど新年祭の準備は滞りなく行なわれていた……一部を除いて。
「……で? 結局どこの神さんに何をお供えすりゃいいんだ?」
「銘々が信心する神に……っていう事なんですが……」
「俺たちアンデッドの場合はどうなるんだ?」
誰一人予想もしなかった問題であった。
「……生前の立場から言えばヤルタ神なんでしょうが……」
「今はどっちかっつうと敵対してる側だろうが」
「いや、俺、生きてる時からヤルタ神なんて拝んだ事ないぞ?」
「おまっ! カイト、そりゃあんまりじゃねぇか!?」
「だってよ、勇者の称号だって、くれるって言うから貰っただけだしな」
「……案外そんなものかも知れませんね……」
「で? どうするのよ?」
「ミルド神様なら、亜人たちにも門戸を開いていらっしゃいますし、僕たちも受け容れて下さるかも知れませんよ?」
「けどよ……神様の方が頭を抱えやしねぇか?」
「アンデッドからのお供えだもんなぁ……」
「……こうなったら、どちらの神様とか言わずに、とりあえず感謝の印として供物だけ上げておこう。気がついた神様が受け取って下さるだろう」
「……型破りだけど……ハンクの言う方法しかないでしょうね……」
こうして基礎的な方針だけは決まったのだが……
「で? どういう風にお供えすんだ?」
「バートさんは知らないんですか?」
「憚りながら、こっちゃあ生え抜きのスラム育ちだ。新年祭なんてものにゃあとんと縁が無くてな」
「お供え物を火にくべて、煙に乗せて神様の許へ届けるのよ……確か」
「ってぇ事は……燃え易いもんじゃなきゃいけねぇのか?」
「……知らないわよ。そういうのを作るのは使用人の役目だったし」
「そう言えばマリアはお嬢様だったな……生憎だが自分も知らん。焚き上げるところからは参加したんだが……」
「僕もです……」
ガックリときた四人であったが……
「干菓子なんかが多いな。あとは上手に干した果物とか。色や香りを残したまま、美味そうに干すのが腕の見せ所だって婆ちゃんが言ってた」
「……意外な人が知ってましたね」
「けどよ、俺だって詳しい作り方までは知んねぇぞ?」
カイトの言葉を聞いた四人は料理番のアンナに向き直るが……
「いえ……あたしが生きてた頃のシュレクじゃ、お供えを焼くなんて勿体無い事はしませんでしたよ? 翌日下げて皆で戴きましたし」
他の使用人達も頷いてアンナの言葉に同意する。
「……つまり……誰もお供えの作り方を知らないって事?」
危機感を覚え始めたアンデッド組。目立つなと言うのがクロウからの指示なのに、まともな新年祭を営まないとなると、確実に目を付けられる。異国からの亡命貴族だからと言い抜けるにも限界があるだろう。深刻な雰囲気になりかけたところに、爬虫人の少年二人が助け船を出す。
「あの……」「お店で売ってるのを買ってきては駄目ですか?」
「店だぁ!?」
「売ってるの!?」
「忙しくてお供えを作る暇がない人も多いですから」「普通に売ってますよ?」
よくよく聞けば、店売りの供え物を買って町中の礼拝所などに設えられた祭壇に捧げる市民は少なくないという。中央の広場にも大きな祭壇が設えられており、その周りには露天が並んで活況を呈しているとも。
「夜店かぁ。ガキの頃は楽しみだったなぁ……」
「よし、ハク、シュク。店に行って供物を二つ買って来い。一つは屋敷内で神様たちにお供えする分だ――この際、どんな作りなのかも調べておこう。もう一つはお前たちが祭壇に持って行って供える分だ。お供えついでに夜店を見物してこい」
「いや、ハンク、子供二人じゃ危ねぇだろう。俺がついていくわ」
「あ、俺も」
「……バートはお目付を名目に屋台で呑んだくれる魂胆だろう。カイトは一応屋敷の主だぞ? 使用人のお守りなんか立場上できんだろう――呑んだくれようったって、そうはいかんぞ?」
「じゃあ、あたしがついて行く?」
「マリアさんじゃ酔っ払いに絡まれるだけですよ……かといって、僕じゃ荒事には向きませんし……」
「パウルたちもそれは同じだろう……という事は、消去法で自分か」
「「あの、僕たちだけでも……」」
「駄目だ。この辺りのお使いならともかく、町中の盛り場に子供たちだけを遣る訳にはいかん」
「ハンクについて行きなさい。あたしたちの代表として、しっかり神様にお願いしてくるのよ?」
「お前ら、縁日って初めてだろ? しっかり見てこいや」
「人生の勉強と思って行ってきな。授業料はハンクが払ってくれるからよ」
「「はい!」」




