第七十四章 新年祭 3.シルヴァの森
シルヴァの森にあるエルフたちの村でも新年祭の準備が進められていたが、その様子は例年のそれとは少し違っていた。端的に言えば、村を訪れる客人の数が例年以上に多かったのである。
彼らの目当ては、女性なら丸玉をはじめとした装飾品、男性ならドラゴンの骨製のナイフにあった。尤も、後者を目当てに来た者は空振りに終わったが。
「やはり入手は無理か……」
「あぁ、さすがにドラゴンの骨ともなると、そう簡単に手に入る素材じゃないからな」
クレヴァスでは二十分程度で片付けた事を彼らは知らない。
「物が物だけに、こちらから注文を出すのも畏れ多いしな」
「まぁ、今回は女房に引っ張られてきたようなもんだ。だが、今後もし手に入りそうなら報せてくれ」
些かの未練を残しつつも気持ちを切り替える男性エルフ。そこから少し離れた一画では、女性たちの間でまた別の駆け引きが繰り広げられていた。
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「……ねぇ、ミナ、そのストールと留め飾り、どこで手に入れたの?」
「あぁ、これ? ストールはエルギンの町で偶々出会った人間の女から買ったのよ。留め飾り――ストールやスカーフを通す、飾り彫りの施された環のようなもの――の方は、それに合わせてヒルトが作ってくれたの」
「ヒルトって……確か細工の上手かった子よね? 狩りの腕はそれ程じゃないって聞いてたけど」
「あら、狩りの上手い男は一杯いるけど、ヒルトほど細工の上手い男はいないわ」
ここシルヴァの村でもエッジ村と同じような事態、すなわち手先の器用な人材の高騰が起こっていた。クロウがもたらした数々の丸玉は、エルフの女性たちの価値観を改革するのに充分な魅力と威力を秘めていたのである。
いや、事は既に女性たちの間だけの問題ではなくなっていた。クロウが節操なく持ち込む丸玉が村の交易品の中心を占めるようになって以来、丸玉の加工技術は文字通り村の経済の基盤に据えられていた。それまで自給自足でひっそりと過ごしてきたシルヴァの村は、丸玉というイレギュラーな存在によって、隠棲を許されない状況になりつつあった。そしてこのような状況を後押ししたのは、丸玉の存在だけではなかった。
「……でも、その留め飾りって、一体何でできてるの? 随分柔らかな光沢の上に、見た事も無いほど綺麗な飴色だけど……」
「ワイバーンの爪らしいわ」
「ワイバーン!? どこでそんなもの手に入れたのよっ!?」
「ちょ、ちょっとサニア、声が大きいってば」
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「……今、向こうの方でワイバーンとか言う声が聞こえたようだが……?」
「あぁ……ドラゴンの骨よりは数段格が落ちるんで言うのを躊躇っていたんだが……ワイバーンの爪や骨が素材の形で手に入った。ただ、ドラゴンの骨と較べるとワイバーンの骨はやはり軽くてな、ナイフにするには少しばかり強度が足りんのだ。細工物の材料として使う他に鏃にしたものが幾つかあるんだが……」
「見せてくれ。それと、爪の方はどうなんだ?」
「爪の方は、強度は充分なんだが小さくてな、小振りなものしか作れんのだ」
後に、ホルンからこの話を聞いたクロウが、錬金術で幾つかのワイバーンの爪を合成して大きめのナイフを作製し、エルフたちの間に再度の狂奔をもたらすのはもう少し先の事である。
「あぁ、それと……この村では加工できる者がいないんで引き取らなかったんだが……精霊術師様はワイバーンの皮も持っておいでのようだった。何でもこちらはエドラの獣人たちが引き取ったらしい」
「エドラの村だな?」
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「ねぇ、ミナ。さっきはワイバーンの爪に驚いて聞きそびれたけど、そのストールって本当に人間が作ったの?」
「ええ、そうみたいよ。いいでしょ、これ? 小さな模様の並びに粗密があって、遠目には濃淡のグラデーションみたいに見えて……」
「そうね……水玉みたいな模様自体が地の色と濃淡になってるのね……随分凝った染め物みたいだけど……本当にエルギンの町で手に入れたの? 王都じゃなくて?」
「ええ。実はこれ、この近くの村で作ってるみたいなのよ。機会があれば行ってみたい気もするんだけど……」
エッジ村の女性たちにやんわりと問い詰められたクロウは、単なる草木染めだけではなく、纐纈染めすなわち絞り染めや臈纈染め、果ては手描き友禅の技法まで喋らされていた。尤も、蝋の入手が間に合わないとかで、今のところエッジ村での製作は絞り染めに留まっているが。
「あ~、人間の村かぁ~……」
「そうなのよねぇ~……でも、エルギンの町に出て来るというのは聞いたから、今度会う時に取引できないかと思ってるのよね~」
エッジ村の女性の方はワイバーンの爪でできた留め飾りに興味があるみたいだった。ヒルトに頼んで都合して貰えないだろうか……いや、いっその事、長に話を持って行った方が早いかもしれない。あの女性も丸玉の飾りを身に着けていた。多分、いやきっと精霊術師様に縁のあるものだ。だったら誼を通じておいて悪い事は無い筈……。
ミナというエルフの娘はそんな事を考えていた。




