第七十四章 新年祭 2.エッジ村
エッジ村における今年の新年祭の様子は例年と違っていた。いや、正しくは新年祭の様子もと言うべきであろう。この僻地の山村における変化は、既に前年の夏祭りから始まっていたのだから。
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夏祭りが終わった頃合いを見計らって村に舞い戻ってきたクロウとホッブの二人は、周辺の村々の住民が村人たちのアクセサリーに目の色を変えていた事を聞かされた。それこそ、当日二人が村にいたら拉致されかねない勢いであった事を。話を聞いて怖じ気づいた二人が、自分たちの身の安全を守るべく考えたのは……他の村人をアクセサリー作りに引き込んで仲間――被害担当者とも言う――を増やす事であったが、村の人口と労働力を考えるとさすがに無理があるとして一旦は棄却した。
ところが秋口になって、ふとした行き掛かりでクロウがミルドレッド女史に草木染めを教えた頃から状況が変わってくる。こちらの世界にも当然染め物の技術はあった。ただ、そういった染め物は大きな工房で何人もの職人が作るものだという認識が村人たちにはあった。クロウがやったのは、趣味程度の気安さで手軽にできる草木染めというものを教えた事である。
それを契機として、村人――主に女性――たちがファッションというものを、単によそ行きのアクセサリーを着ける事ではなく、トータルなコーディネートとして捉えるようになったのである。
ミルドレッド女史の草木染めがこれに拍車をかけた結果、村には色とりどりの布が溢れる事になった。ここで問題になったのが、溢れた布の行き場である。新しい衣服を仕立てるなどという贅沢がそうそう許される筈もなく、綺麗に染められた布を持て余しそうになりかけた時に、クロウが何の気無しに風呂敷包みを披露した事から、停滞していた流れが再び加速した。
日本伝統の風呂敷には、包むものに応じて様々な包み方があり、使い終われば小さく畳んで仕舞っておけるので実用上も便利である。見た目にも美しく包む事ができる風呂敷を知った事で、エッジ村の草木染め熱は再び燃え上がる。調子に乗ったクロウが、風呂敷だけでなく、一枚布をストールやターバン、マフラーなどに使う様々な着付け方を教えた事が決め手となった。
秋も深まってくると、山間の村では朝夕の冷え込みが感じられるようになるが、昼間はまだ温かく衣替えには早い、そんな季節に一枚布のストールは便利なものである。しかもそれが美しく染められた布で、纏い方も凝ったものであるとなると、ちょっと近くの村に出かけたりエルギンの町に買い物に出かける時にも気後れすることなく着ていける。クロウがターバンの被り方やら真知子巻き――映画「君の名は」のヒロイン真知子のファッションにちなむ――やらを教えたのが留めとなった。田舎じみた野暮な恰好を心中密かに恥じていた女性たちが、一転して自らの服装を見せびらかすように外へ出て行き始めたのである。
いつしか流行の発信地のような立場に置かれたエッジ村の女性陣は、自覚の無いクロウの自重の無い示唆もあって、この時代にあっては頭一つ分ほど抜きん出たファッション感覚を身につけるに至っていた。
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前置きが長くなったが、これが新年祭を前にしたエッジ村の状況であった。既に近在の村々は言うに及ばず、エルギンの町においてもエッジ村女性陣のファッションは注目の的になっている。彼女たちの冬の装いを見んものと、そして自分たちの衣裳の参考にしようとばかりに、近在の女性たちが挙ってエッジ村の新年祭に押しかけたのである。
「や~、クロウさに教わった布の着付け方は、本っ当に便利だべ」
「んだぁ、便利な上に楽しいべ」
「一枚布だけでドレスやマント、頭巾がぱぱぁっとできちまうでな」
「古着を持ち寄って、りふぉーむっつうのをするんも楽しいでな」
クロウが彼女たちに教えたのは風呂敷やスカーフの使い方だけではない。一枚布に鋏を入れる事無くドレスのように纏う方法も教えていた。これは別に珍しい技法ではない。古代ギリシアのヒマティオンやペプロス、古代ローマのトーガ、インドのサリーなどがこれに当たる。また、ファッションディスプレイではピンワークといって、一枚布から美しいドレープを生み出してマネキンを飾る技法も知られている。クロウが教えたのはその一端であった。
「何より手軽に安く上がるっつうのが良いだでな」
「んだな。貸したり借りたり、同じ布さ使っても、着付け方は色々あるで」
「色の違う布を二枚重ねて着付けるのも面白ぇべ」
「また、ショールだのスカーフだのには大きめの飾りが映えるでな」
普段着のような服の上に一枚布を工夫して纏う事で、防寒と見た目の両方をクリアーする。ターバンやスカーフには大きめのアクセサリーをあしらってワンポイントの飾りとする。
近在の村々の女性たち、そしてエルギンからはるばるやって来た目端の利く商人たちの視線は、エッジ村の女性たちのファッションに釘付けとなっていた。




