挿 話 アンデッドの生活
ラジオ体操の歌詞の部分が著作権法に抵触するのではないかとのご指摘を受け、当該箇所を書き直しました(2017.10.1)。
ヴィンシュタットの一隅にあるオーガスティン邸の朝は、このところ当主カイト・オーガスティンのラジオ体操で始まる。日本ではお馴染みのメロディーが流れ出すと、やがて手を振り上げて背伸びをするようにとの男性の声が響き渡る。優雅な中にもどこか楽しげなメロディーに被せるように威勢の良い男性の声が響き、アンデッドたちはその声に合わせるように揃って身体を動かしていく……。そのままでは怪しい儀式にしか見えないが、流れるメロディーと響き渡るかけ声がその怪しさを払拭している。
クロウがポロリと漏らしたラジオ体操の話は、カイトたち元冒険者組に驚きをもって受け止められた。国が国民の健康と体位向上を目指して体操を制定、普及を図ったというのが一番の理由だったらしいが、それ以前にそもそも体操とか準備運動、ストレッチという概念自体が無かったようだ。クロウに教わって自分でも試してみて、確かにこれは体調の維持に有効だとの感触を得たらしく、わざわざクロウに頼んで魔道具を作ってもらう――日本語のかけ声だと理解できないので――までして、毎朝の体操を続けている。ちなみに、使用人を含む他のアンデッドとハク・シュクの兄弟も参加している。
中で何をやっているのかは見えないにせよ、毎朝のように流れる音楽とかけ声は自ずと耳に入ってくるわけで、近在の住人の興味をいやが上にも高める事になった。好奇心に耐えかねた住人のリクエストに応えたシュクが実践して見せてからというもの、オーガスティン邸から流れる音楽とかけ声に合わせてラジオ体操を実施する者は、近所の住人の中にも増えていった。
そんな事はつゆ知らないクロウは、偶々会話の中で毎朝のラジオ体操の件を耳にした。
「……そんな事をやっているのか?」
「はい。お蔭でこのところ体調もよくて」
ん? ……アンデッドの体調がいい……って、どういう事だ? 何となくアンデッドというのは死んだ時の状態のまま――もしくは次第に腐敗が進む――のような気がしていたんだが……そうじゃないのか?
「いや……俺もアンデッドになったのは初めてですし……」
それもそうか……。
何となく嫌な感じがして――このところ散々やらかしたせいで、不吉あるいは不本意な状況を察知する感覚が鋭くなったような気がする――クロウは目の前にいるカイトを鑑定してみる。
【個体名】カイト/カイト・オーガスティン
【種族】エルダーアンデッド
【地位】クロウの配下
【特徴】唯一者クロウの手によって蘇ったエルダーアンデッド。生前を上回る魔力や身体能力を持ち、食事や経験によってスキルアップする。基本的に食事は必要としないが、異世界に由来する食物を度々摂取したためレベルが上がっている。
「……おい、お前の種族、『エルダーアンデッド』とやらになってるぞ……」
「マジっすか!?」
・・・・・・・・
カイト一人の話じゃないので、パーティメンバーの他の四人と、同じアンデッドであるダバルも呼んで、全員鑑定してみたんだが……皆、エルダーアンデッドになっていた。
「……エルダーアンデッド……ですか?」
「そうだ。ダバル、何か聞いた事や思い当たる事はないか?」
「我が事ではありますが……初耳です」
他の連中も初めて聞いたという表情を隠さない。ダンジョンコアたちにも訊ねてみたんだが、全員知らないと言っていた。
「一体、どう違うんで?」
「いや……お前たちが普通でないとすると、俺は普通のアンデッドとやらを創った事が無いという事になるからな。判るわけがないだろう?」
「あの……私たちの鑑定結果はどうなっているんですか?」
「あぁ……まず、魔力や身体能力は生前を上回っているそうだ。心当たりは……ありそうだな?」
見れば全員が何やら頷いている。
「魔法を放った時、妙に負担が軽い気がしたんです。威力も強くなっているようでしたし……」
「あ~、やっぱ身体が軽く感じられたのは、錯覚じゃなかったか」
「アンデッドってなぁこんなもんかと思ってやしたからねぇ……」
俺も含めて全員が初心者だったので、誰も気付かなかったらしい。
「……次に、食事や経験によってスキルアップする、となっているな」
「……アンデッドって、レベルアップするもんなんすか?」
「……だから、俺も初心者だから知らんと……」
何だ? ダバル、何を妙な顔をしている?
「いえ……意外というか、案の定というか……レベルアップ自体は自分でも感じていましたが、てっきり魔石を戴いたせいだと思っていましたから。自分としては、『……食事と経験によって云々』という部分の方が驚きですね」
「言われてみれば……普通に食事をするアンデッドって……」
「いや、よく考えれば、アンデッドの料理人がいる事が既におかしいんだ……今まで気づきもしなかったが」
「でも……あたしが作ったのは普通の料理ですよ?」
「言われるまでもねぇやな。原因なんざ明白だろうが」
……何だ? 何で全員こっちを見てるんだ?
「戴いたビールって酒を飲んでから、身体のキレが違うしな」
「そういえば、息も切れなくなってきましたね。ラジオ体操の魔法かと思っていたんですが……」
……息が……切れなくなった? それって、アンデッドになりたては息が切れていたってことか? だとすると、屍体に呼吸が必要という事になるんだが……。
「あれ? そういやぁ、ハクとシュクも飲んでたよな?」
「「あの後、少し背が伸びました」」
「そう……って! ハク、シュク、いつからいたのっ!?」
「「最初からですけど?」」
あちゃ~という感じで天を仰ぐ者、溜息を吐いて俯く者、開き直ったようにさばさばした表情を見せる者、と反応は様々であったが、全員の共通した想いをマリアが代弁した。
「……外で言っちゃ駄目よ?」
「「はい!」」
……ここはヴィンシュタットのオーガスティン邸。生前より活き活きとしたアンデッドたちが人生を謳歌している場所。




