第七十二章 エッジ村アクセサリー事情 1.エッジ村染め物事情
今話を含めて三回ほど、エッジ村の話になります。
話は秋口の頃に遡る。
「やぁ、虫干しですか?」
久しぶりにエッジ村を訪れたクロウが、古ぼけた衣裳行李から衣服を取り出して眺め入っていた、やや年輩の女性に声をかける。
「いや~、んな大したもんでねぇだよ。すっかり古くなったもんだと思ってよぉ」
昔は色鮮やな柄が描かれていたであろうが、今となってはすっかり色褪せたそれを前にして、やや淋しそうに女性が答える。若い頃の晴れ着だったのかも知れない。見れば裾の方には点々と汚れも散っている。
「……染め直しとかはしないんですか?」
裾の方を濃いめに、上に向かって段々と薄くなるようにように全体に染めをかければ、汚れも隠せて落ち着いた感じの柄になるし、似合いそうなんだがな。
「やり方知らんし……お前様ぁ、知ってなさるだかね?」
母親が一時草木染めに凝っていたからな。散々材料拾いや手伝いをさせられたもんだよ。バードウォッチングに行けと言っておきながら、同じその口で団栗を拾って来いだの何だのと注文を付けておいて、挙げ句に山鳥の写真は撮れなかったのかと非難されるんだから割に合わない……。
「ある程度は……。そう難しくはありませんが、手間はかかりますよ?」
「今のうちなら手は空いてるで……教えてもらえんだかね?」
断りづらい流れだな……。
「……玉葱の皮で染めてみますか……」
「玉葱だか?」
「えぇ。結構な量が必要になりますけど、薄皮だけ集められますか? いや、その前に前処理をしなくちゃいけない。余分な大豆はありますか?」
服の素材は麻か綿か、どっちにしろ植物繊維のようだったので、染まりをよくするために助染処理が必要だろう。
「余分ってぇか……一昨年の分が余ってんで、それでええだか? 足りなきゃ去年の分も使えばええだよ。どうせ新大豆が穫れるだで」
「そこまで沢山は要りませんよ。カップ一杯ほどを一晩ほど水に浸けてふやかしておいて下さい」
俺はそうミルさん――正しくはミルドレッドさん――に指示しておく。あぁ、一応酢と鉄で媒染液も作っておいてもらうか。酢と水を等量ずつ混ぜたものに、これも等量の錆びた鉄を浸けておくように頼んでおく。明日から少し忙しくなるな。
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翌日になって、ふやかした大豆をドロドロになるまで擂り潰したものを布で濾して豆汁を作る。湯で充分に洗って汚れを落とした服を、十倍に薄めた豆汁に三十分ほど浸けておく。染めムラを無くすために動かしながら浸けるから少し面倒だ。ミルさんは時々メモを取りながら、俺のする手順をしっかりと見ている。そうそう、よく見て覚えてね。
豆汁に三十分ほど浸け終わると、そのままよく絞って、皺を伸ばして陰干しにしておく。間違っても濯いだりしないように。
一日以上陰干しにした後、布が落ち着くまで四、五日寝かせるよう指示する。
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「さて、いよいよ今日から染めに入ります。玉葱の薄皮をひたひたの水で二十分ほど煮込んで下さい」
ミルさんが染液を作っている間に、俺は陰干しにしておいた服をぬるま湯に浸ける。まぁ、これは五分も浸けておけば充分だから、そう慌てる必要はない。染液の方は結構な量が必要だから大変だろうけど、頑張ってね。
「染液ができたら、少し熱めのお湯程度になるまで冷まして……そうですね、少しくらいなら水を足して薄めても……あぁ、それくらいで」
適当な温度になったら染液に浸ける。色ムラができないように動かしながら二十分から三十分ほど浸け込んで、軽く水洗いして絞ったら今度は媒染液に浸ける。使うのは以前に王都の素材屋で買っておいた明礬だ。お湯に溶かして、やはり三十分ほど浸け込んで、動かしながら媒染する。再び水洗いして……。
「これが一工程になります。一回じゃ薄くしか染まりませんから、一日に何回か繰り返して、最後に色が出なくなるまで水洗いして陰干しです。染まりが薄かったら同じ工程の繰り返しですね。裾の方は汚れを隠すために濃いめに……回数を余分に染めておけば、淡い色から段々濃い色に変わっていく感じに染め上がるでしょう」
「いやいや……何とも面倒なこっだで……」
「最初にそう言ったでしょう? でも、次第に自分の思った色に変わっていくから楽しいですよ?」
そう言って軽くミルさんを唆しておく。
「んで……こっちの臭いんは何に使うだ?」
「それも媒染液です。染め物というのは媒染液によって染め上がりの色が変わるんですよ。どうせ染液は余るでしょうから、この際に媒染液による違いも知ってもらおうかと。余った布とかありませんか?」
そう唆すと、興が乗ったミルさんが大きめの端切れを持ち出した。鉄媒染では濃く渋めの色に染まるからな。試してみるといいだろう。
他の植物でも試してみるように、ついでに椿っぽい木があったので、葉を焼いた灰も媒染液になる筈だと教えて、俺はその場を立ち去った。
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結局、草木染めにはまったミルさんの奮闘で、色褪せていた古着は再び落ち着いた色合いの服に生まれ変わって、他の女性たちを羨ましがらせる事になった。ミルさんに始まった草木染め熱は冷めることなく、エッジ村の女性たちの間に静かに広がっていった。




