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第七十一章 バンクスへ 5.バンクス

 夜通し歩いた――事になっている――ため、バンクスには翌日の早朝に到着した。その足で「樫の木亭」に向かうと……店の前をミンナちゃんが掃除してるな。少しは背が伸びたのか。おや、こっちに気がついたようだ。俺を覚えてるかな?


 片手を挙げて挨拶すると、なぜかミンナちゃんは腰に手を当ててお(かんむり)だ。


「遅いのっ!」


 おや? 部屋が埋まってしまったか?


「表で何騒いで……って、クロウさんかよ!」

「やぁ、覚えていてくれましたか」

「忘れるもんかよ。さ、(へぇ)ってくんな。前と同じ部屋を取ってあるからよ」


 どうやら今年も居心地のいい拠点の確保に成功したようだ。



・・・・・・・・



 前回と同じ部屋に荷物を置くと、階段を下りて食堂に向かう。空腹である(むね)を伝えて、早朝で悪いが軽食を準備して貰ったのだ。


「早いからこんなもんしか出せねぇが……何があったんだね。疲れてなさるようだが……」

「いやぁ、シャルドから夜通し歩きづめで」


 ……そう言う事にしておく。


「へ?」


 ジェハンさんが目を丸くしたので、(錬金術だのマンションだのを省いた)表向きのカバーストーリーを説明する。


「……と言うわけで、()(かつ)にも冬山で野営する準備をしてこなかったもんで、寝ている間に凍死するのを避けるためには、歩き続けるしかなかったんですよ」

「そりゃまた……えらい難儀な目に遭ったもんだ」

「寝る?」

「いや、()の高いうちから寝ちゃうと、夜になって眠れなくなりそうだし、このまま挨拶(あいさつ)がてらそこらを廻って来るよ……ご馳走様」

「お粗末様……まぁ、ほどほどにしときなせぇよ?」



・・・・・・・・



 「樫の木亭」を出てぶらぶらと町を廻り、馴染みの連中と挨拶(あいさつ)()わしていく。ほぼ一年ぶりなんだが……結構覚えていてくれるもんだな。


 適当に品揃えを見て廻り、昼頃になって飯屋に入っていくと、ここでも見知った相手に出会った。


「よぉ、ノリス。久しぶりだな」

「クロウか! 久しぶりだ。今年もここで過ごすのか?」

「あぁ。ここは居心地がいいんでな。そっちはどんな案配(あんばい)だ?」


 注文した昼飯の膳を抱えてノリスの傍に席を取る。すると、ノリスが隣席の男を紹介してくれた。エルフだな。


「クロウ、こっちはマナステラの商人仲間でゼムという。ゼム、彼がさっき話していたクロウだ」

 ……さっき話していた?


「ゼムだ。君のお蔭で妻も娘も無事だった。礼を言わせてくれ」


 ゼムと紹介されたエルフの商人は、俺の手を握り潰さんばかりに強く握って、真剣な様子で謝意を表してくる。……いや、何の事だ?


「ゼムの嫁さんが丁度妊娠していてな、お前から聞いた話を伝えておいたんで、テオドラムの小麦粉を買わずに済んだって話だ」

「いや……買ったからって必ず中毒するとは限らんだろう?」

「それでも、実際に試す気にはならん。余計な危険を避ける事ができたのが君のお蔭だという点に違いはない」

「ついでに言うと、つい先月に娘さんが産まれたばかりだ」

「それはおめでとうございます」


 うん。これは素直に喜んでいい話だ。


「……すると、俺の入れ知恵も少しは役に立ったのか?」

「立ったどころじゃないぞ? 一応あの後で学院に確かめたんだが、学院の連中も毒麦がカビの仲間だって事は知らなかったみたいでな、逆にこっちが問い詰められたぜ」

「そりゃ……悪い事をしたな」

「なに。お蔭で裏付けのある話だとして故国(くに)に伝えられた。他の商人たちにも伝えたし、俺も含めてほとんどのやつが魔道具で故郷に連絡していたから、あっという間に広まったな」

「それじゃ……テオドラムの商人は商売上がったりなんじゃないか?」

「今はどこに行ってもテオドラムの小麦粉なんて見やしねぇよ。当然だ」

「それに……鉱毒の話も広まったせいで、テオドラムの作物や、塩も取り引きがガタ落ちだしな」


 砒素は地下水に流入する前に隔離できたんだが……塩?


「ああ。テオドラムには岩塩坑があるんだが、鉱毒の話が広まったせいで、岩塩の取り引きもほとんど停止状態でな。位置的には例の鉱山――シュレクというんだが――の上流にあるから、砒素汚染に巻き込まれる事は無いと思うんだが……ま、危うきに近寄らずって事なんだろうよ」

 風評被害ってやつかね。


「シュレクと言えば、最近ダンジョンができたらしいぞ」

 うん、知ってる。


「長年にわたって毒で死んだ人間の怨霊が集まってダンジョン化したらしくれな」

 少し違うけど。


「ゴーストやら毒持ちのモンスターやらで(あふ)れ返っているそうだ」

 これは正しい。


 ここでノリスがここだけの話だが、と声を潜める。


「……どうもダンジョン討伐に向かった軍勢がダンジョンに呑み込まれたらしい」


 ほほう……。そういう話になったのか。思わず身を乗り出す。


「あの国の動きが妙だという話はエルフ仲間からも聞いていたんだが……それか」


 ゼムが納得したように(うなず)いた。その後はテオドラムの近況などが話題になって、貴重な情報を得る事ができた。



・・・・・・・・



 ふむ。エルフはテオドラムの動きがおかしい事に気付いたか。


 あとはテオドラム軍がダンジョンに呑まれたという噂だが……単なる誤解によるものか、それともテオドラムによる情報操作の産物か。


 ……確かめておく必要はあるな。


本章はこれで終わり。明日は新章に入ります。エッジ村の話です。

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