第七十一章 バンクスへ 4.八甲田山?
一面の雪景色。誰も通っていない新雪の道に足跡を刻んでいくのは中々に気分がいいものだ。朝も早いせいか、前からも後ろからも他に行き交う旅人の姿は見えない。上機嫌で歩みを重ね、時にシャルドの遠景や雪景色を撮影したりして午前中の旅程を稼ぐ。適当な場所を見繕って昼食にする。宿屋の料理人が作ってくれた弁当はパンと干し肉のようなもので、結構腹が膨れそうだ。市販の干し肉と違って味付けを薄目にしてあるのは、長期保存する事を考えてないからだろう。季節が冬で食べ物が腐りにくいというのもあるかも知れない。何にせよ塩辛いだけの干し肉でなく、きちんとした味付けがしてあるのが嬉しい。塩気が欲しい場合には、添えてあるピクルスのようなもので調整するんだろう。懐に籠もっている従魔たちにも一口ずつお裾分けしたんだが、なかなか美味いと評判だった。宿の飯も美味いとキーンが太鼓判を押していたからな。
昼食を終えて一休みしてから、旅程を再開する。ここまで他に旅人の姿は見かけない。時折粉雪が舞うものの、空は青く晴れ渡っており、冷たい空気が身を引き締める。ここまでは何の問題もなかった。
キーンの不吉な発言が飛び出すまでは。
『マスター、夜は、どうするんですか?』
『ん? いつものようにマンションへ帰るぞ?』
『いえ……冬用の野営具、持って来てないですよね?』
あ……。
別にそんなもん要らんだろうと言いかけて気が付いた。表向き、雪の一夜をどう過ごした事にするのか。俺は冬用のテントを持ってない。雪を集めてかまくらは……駄目だ。そこまで雪の量はない。
『夜通し歩き続けた事にするしかないか……』
『時間の調整はどういたしますか?』
『……夜明け前にここに戻ってきて、人目を避けて飛ぶか?』
『ますたぁ、足跡はぁ?』
あ……。
『本当に……夜通し……歩くしかないのか?』
従魔たちは誰も返事をしない。
馬車か、せめて他の旅人でも来てくれれば、俺の足跡は轍や足跡に紛れたと言い抜ける事ができるものを……。
ちらちらと粉雪の舞う中を、俺はさっきまでと打って変わってとぼとぼと歩みを進めていく。八甲田山のテーマが聞こえたような気がした。
・・・・・・・・
何の呪いか一人として行き交う旅人に出会わないまま、雪道を歩く事四時間。心が折れそうになった時、キーンが奇抜なアイデアを授けてくれた。懐の中で仲間たちと一所懸命に考えてくれていたようだ。
『マスター、足跡って、錬金術で複製できないんですか?』
キーンの指摘に、思わず疲れも忘れて考え込んだ。錬金術の「複製」は、自分で作った事があるものを、短時間で多数複製できるスキルだ。足跡も……確かに……俺が作った物に違いはないな……。
試してみれば判るだろうと、錬金術の「複製」を実行すると……できたよ。俺の足跡が。歩いてもいない雪面に。くっきりと。
興奮を抑えて念のために、後ろに残る十メートル分の一連の足跡を、一気に前方へ「複製」してみる。……問題なく成功した。
『いけるぞ! キーン! よくこんな事を思いついたな!』
『えへへ~♪』
浮かれ騒いでいた俺だが、ふとある事に気づいて気持ちが冷めてゆく。
『あ……しかし、夜のうちに誰かが通りかかったら……』
いや、人でなく狼でも通ったら……出くわしていない事が不自然になる……。
浮かれた反動で一気に落ち込んだ俺に打開策を授けてくれたのは、今度はライとスレイだった。
『ますたぁ、見張り、しますよぉ?』
『いえ……それよりも、撮影の魔石を残しておかれては? お寝みの間、交代で魔石を見ているくらいは我々にもできますし』
『何かあれば起こしますから』
ありがとう、お前たち。俺は幸せ者だ……。




