第七章 シルヴァの森 1.援軍の要請
立ち小便がきっかけとなって、クロウたちが新たな厄介事に見舞われます。
何だかんだで季節は初夏。こちらじゃ日本みたいな梅雨がないだけ過ごしやすかったが、そろそろ日射しが強くなってきている。山小屋周りの緑も濃くなり……要するに草刈りが大変な時期になった。ただ歩く、そのためだけにも酷い藪漕ぎが必要になる事もあり、日本製の虫除けスプレーが活躍するようになった――もっとも、うちの子たちには不評である。化学薬品の臭いが気に入らないらしい。そんなある日の事。
その日も普段と同じように、精霊樹の爺さまに地球の銘水と肥料を渡した。あ、ウィンが進化した一件以来、立ち小便は自重している。爺さまからは強烈な不満が表明されたが、これ以上ややこしい事態を起こしてたまるか。爺さまによれば、立ち小便以来すこぶる体調が良く、やって来る精霊たちの数もこれまでにないほど増えているという。立ち小便の代わりに上質の肥料を渡す事でどうにか手を打った。
その日もいつもと同じように、周囲の薬草などを調べ、村人と話をして一日が終わるのだろうと思っていた。
『ご主人様……精霊樹様が……お呼びです』
『爺さまが? 呼び出しとは珍しいな。何かあったのか?』
『判りませんが……精霊樹様の所へ……訪問者が……あったようです』
『訪問者? ますます珍しいが……面倒事の予感がするぞ』
そう、俺たちはこの日を境に、ろくでもない事態に巻き込まれる事になったのである。
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『それで、俺を呼び出した理由ってのが、そこのエルフの兄さんかい?』
『うむ……正直、気は進まなんだが……話を聞いてやってくれんか』
「おお、偉大なる異国の精霊使いのお方よ」
はい?
聞いてみると、若いエルフは名をホルンという魔術師で、シルヴァの森のエルフ村落――エッジ村の南側の山向こう――からやって来たという。爺さまの周りにかつて無いほどの精霊の気配を感じてやって来たそうだ。俺の立ち小便がきっかけで、爺さまに寄ってくる精霊が増えたのが原因かよ。俺の事を強大な精霊使いと誤解していたが、面倒なのでそのままにしている。何でも俺の周りに尋常でない数の精霊が集まっているんだそうだ。俺から属性魔力は感じないから、魔術師とは思えないとも言っていた。俺は未だに魔法を習得してないからね。ダンジョンマジックは別扱いなんだろうか?
で、俺に何の用かというと……
「シルヴァの森を救ってほしい?」
「はい。バレンの強欲な領主が近々シルヴァの森を襲うというのです。目当ては我らの財産と、恐らく我らを奴隷化するつもりかと……」
聞けばバレンの男爵というのは人族至上主義の暴君らしい。もともとバレン領は特別に豊かな領地ではないのに、贅沢三昧で資金を蕩尽した挙げ句に、シルヴァの森に目をつけたらしい。ホルンは男爵の事を非道、横暴と言葉を尽くして罵っていたが、これについては爺さまだけでなく、うちの子たちも同意見らしい。いや、スライムやキノコにまで愛想を尽かされる領主ってどんだけだよ。気の毒とは思うが、俺たちの平和な生活と引き換えてまで他人を助けるつもりはない。エッジ村の領主は別人らしいし、クソ男爵がここまで魔手を伸ばす事はないだろう。断ろうとしたところで、爺さまが口を挟んできた。
『エルフは精霊たちに良くしてくれるでのぅ。できれば助けてやって欲しいんじゃ。それにクソ領主めは、シルヴァの森を貪り尽くした挙げ句には、火を放って焼き払う事まで考えておるようじゃ』
何だと。それは聞き捨てならん。森を焼き払うなど、どれだけの生き物が迷惑すると思ってるんだ。逃げ出した動物たちが大挙してこちら側へ移動してくれば、生態的なバランスも崩れる。これは看過できん。平和な生活を守るために、クソ男爵には消えてもらうか。新たなダンジョンマジックも得た事だし、やり方次第で勝算は充分。しかし、ただ働きというのもな……。
「正直、気は進まないが、事情が事情のようだしな。条件次第では協力するに吝かでない」
「おおっ、ありがとうございます。して、その条件とは……」
恐る恐る聞いてくるエルフに、こちらの要求を挙げてゆく。
「第一に、エルフの村人には俺の事を決して話さない事。これ以上の面倒事を背負い込む気はない。交渉・相談は貴殿を通してのみ行なう。男爵軍の相手をするのも俺だけだ。エルフの参戦を禁じる、これは絶対条件だ。もしもエルフが近寄った場合、即座に全ての協力を打ち切り、以後は敵対する事になると思ってもらおう」
俺たち、特にうちの子たちについての情報は、たとえエルフにでも教える気はない。皆の安全確保は至上命題だ。状況次第ではうちの子たちにも参戦してもらうが、その様子を見られるのは絶対に駄目だ。
「第二に、エルフの風魔法を教えてもらいたい。これは今回の作戦にも必要な事だと考えてもらおう。習得でき次第、作戦行動に移る」
ホルンは困惑した。偉大なる精霊術師が、今更なぜ風魔法を必要とするのか。風の精霊に頼めば済む事ではないか。それに、風魔法と一口に言っても多岐にわたる。全てを習得するような余裕はない。何のために風魔法が必要なのか、それが解らねば教えようにも……と、言い出したところで、素っ気ない返事が返ってきた。
「こちらの要求は風魔法であって、余計な詮索ではない。できないと言うなら、それはそれで構わない」
ホルンは慌てて詫びを入れ、風魔法を教える事を約束した。よし、これで首尾よく風魔法を習得できれば、飛行魔法の習得に王手がかかる。飛行魔法は今回の作戦でも役に立つ筈だから、是非とも身につけたい。それが対価なら、エルフに手を貸すくらい必要経費だろう。
では、早速教えてもらうとしようか。
もう一話投稿します。次話は迎撃戦の様子ですが、あっさり風味です。多分。




