第六十九章 亡命貴族? 7.マナステラ某所
本日更新分最終話です。
その屋敷の主人は届いたばかりの手紙を前に首を捻っていた。
今は隣国に帰ってはいるが、手紙の主はかつて共に学んだ友人であり、今も志を同じくする盟友である。その旧友からの問い合わせは、ある意味で困惑させられる内容だった。
(ハンスの一件で巻き添えを食った貴族は他におらんのだから、別件という事になるが……ここ数年で亡命騒ぎがあったなどとは聞いた事が無いのだが……)
旧友ホルベック卿からの手紙の内容は、テオドラムにマナステラの貴族が移り住んだという噂の報告と、故・クリーヴァー公爵家の誰かがテオドラムに亡命した可能性を問い合わせるものだった。
しかし、幾ら記憶を辿ってみても、また、当時の覚え書きをひっくり返してみても、それらしき事実に行き当たらないのである。
(とすると……ドサクサに紛れて金子を盗んだ使用人か誰かが、貴族を僭称しておるのか?)
そこまで考えて、いやそれはないかと思い直す。クリーヴァー公爵の使用人は、皆信用がおける者ばかりだった。それを措いても、盗んだ金子をこれ見よがしにばらまき、あまつさえ貴族を名告るなど理に合わぬ。後ろ暗いところがあるなら、目立たないようひっそりと生きる筈だ。
(オットーの手紙だけは要領を得んな……宰相からの又聞きだというし……奴の立場では根掘り葉掘り問い詰めるのも憚られようしな……)
貴族でもない者がマナステラの貴族を僭称しているのなら、マナステラの臣として捨て置く事はできないが……ホルベック卿からの手紙ではそのへんがどうも曖昧である。単にマナステラから来た金持ちで、地元の者が貴族と勘違いしているだけという可能性もある。下手に騒ぎ立てるとこちらが物笑いになりかねないし、それどころか責任問題にまで発展する危険性すらある。
(それに……我が国の貴族が手に負えぬ子弟をテオドラムに放逐したという事も考えねばならぬ)
こちらの場合は更に厄介である。何しろ相手が隠したいと思っている事を暴き立てる事になるのだから。控えめに言っても相手の感情を逆撫でするのは間違いない。下手をすると抗争に発展する可能性も無視できない。
(何もせんわけにはいくまいが……迂闊な聞き込みはできんな)
今は藪をつつく時期ではない。屋敷の主人はそう判断した。
(いっそ誰ぞをテオドラムに遣って、事の次第を確かめさせるか?)
深夜の自室で屋敷の主人は考え込んでいた。




