第六十九章 亡命貴族? 4.エルギン男爵領
複数更新、本日分の最終話です。
ミルド神教の礼拝所に勤める見習い神官のマロウ少年は、夜遅く借家に帰ると地下室に向かった。地下室の壁には、一見そうと判らないような――簡単に判るようでは困るのだが――隠し扉があり、そこから伸びた隠し通路が一軒おいた裏――要するに斜め後ろ――の家の地下室に通じていた。万一の事を考えて、ホルベック卿はそうした隠し通路のある手持ち物件の一つを、マロウ少年の住居にあてていた。
「夜遅くに呼び出して済まぬな」
隠し通路の先の小部屋にいたのはオットー・ホルベック卿。このエルギン男爵領の領主であり、少年の今は亡き父親であるクリーヴァー公爵の友人であった。
「いえ、どうかお気遣いなく。それで、どのようなご用件でしょう?」
ホルベック卿は答える前に少年の様子を確かめる。眼の奥にはまだ悲しみを宿しているが、ここへ来る前の少年に憑き纏っていた、全てを諦め切ったような無関心は消えている。あのエルフの助言を受け容れて、一か八かでここに預けたのは正解だったようだ。ホルベック卿は満足げにそう思った。
「いや、ある意味では以前に訊ねた内容の蒸し返しなのじゃがな、そなたが故国を脱する前後に、同じように出国した貴族に心当たりはないか?」
唐突な問いに少年は目をばちくりとさせたものの、すぐに気を取り直して答えを返す。
「……全てを知っているわけではありませんが、僕の知る限りではいません。そもそもあの件で咎めを受けたのは当家だけですから、他家の貴族には出国する理由がありません。僕以外では、末の妹が母方の祖母に引き取られている筈ですが……出国するという話は聞きませんでした」
「ふむ……。リーゼロッテ嬢は祖母殿の許で元気に……とは言いにくいが、少なくとも健やかに過ごしておるとの報告を受けておる。安心するがよい」
少年は妹の安否を知って胸を撫で下ろした様子であったが、それでも聞くべきところは聞いてきた。
「……理由をお聞きしても?」
「うむ……真偽のほどは判らぬが、マナステラより亡命した疑いのある貴族が、隣国テオドラムにおるそうな」
少年の目は、先ほどとは比べものにならないくらいに見開かれた。
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「ねぇねぇ、今日のマロウ君、何だか元気がないと思わない?」
軽食を出す食堂の一角にたむろして歓談している若い女性の一団。彼女たちはエルギンの冒険者ギルドに勤める職員である。
「思う~。なぜかしらね~?」
「昨日までは普通だったよね?」
「うんうん」
「と、言う事は……帰宅してみたら何かよくない報せが届いてた?」
「あら、でも、昨日は彼宛ての手紙は無かった筈よ?」
「じゃあ……誰かからの伝言よ」
「誰かって……誰よ?」
「待って! あたしたちがすべきなのは、あの子の私生活を詮索する事じゃない筈よ!」
「それはそうね……。それよりもあの子を元気づけてあげるのが先よね」
「うん。見た感じ、悲しいって様子じゃないみたいだし……悪い報せじゃなかったのかもよ?」
「ミリィ……詮索しないって言ったばかりでしょ?」
「あら、これは違うわよ。元気づけるにしても慰めるにしても、原因次第でやり方ってものが違ってくるでしょ?」
「それはそうね……」
「でしょう? これは必要な事なのよ」
・・・・・・・・
「……若様の様子がちょいとおかしいな?」
エルギンの町にある酒場の一角では、亜人たちが集まってひそひそ話をしていた。話題はマナステラでの粛清を逃れて密かにこの国に亡命してきた元貴族の少年マール――今はマロウと名告っている――の事である。
「あぁ、元気が無いっつぅか、何か考え込んでるみてぇだな」
「悲しんでる様子は無ぇから、そう心配する必要は無ぇだろうが……」
「理由は何だ?」
「昨夜、若様の家の斜め後ろの家に、ここの領主様が入って行ったぜ」
マールの生家が取り潰された名目に自分たち亜人の名が使われた事で、エルギン領にいる亜人たちはマールに対して負い目を感じている。それとなく彼の警護をするくらいの事は当然だと思っていたし、実際にそれを行なっていた。
「てぇ事ぁ……殿様経由の話か」
「だとすると、マナステラ本国の話かな?」
「その可能性は高いが……近頃あの国で何かあったか?」
「いや……エルフや獣人の連絡会みたいなもんを立ち上げるって話はあったが……その関係じゃねぇよな?」
「多分違うと思うが……連絡会の方からも何も言ってきてないんだろう?」
「今のところはな」
「じゃぁ、あまり深刻な話じゃねぇんじゃねぇか?」
「まぁ、俺たちは何も知らない事になってるし、表立っては動けんわな」
「ま、しばらく様子を見ておくとしようぜ」
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元クリーヴァー公爵家の遺児マール――現・見習い神官のマロウ少年――は、自分で思っている以上に多くの、慈愛(?)に満ちた目に見守られていた。
念を押しておきますが、腐な展開の予定は毛頭ありません。
明日も複数更新の予定です。




