第六十九章 亡命貴族? 1.ヴィンシュタット
本筋から離れた話が続くとご不満を感じる方もおられるようですので、一気に行きます。
その報せを最初にもたらしたのは、爬虫人のシュクだった。
「見慣れない男たちがこの界隈をうろついてる?」
「はい。肉屋のマッジさんと八百屋のホルさんが話してました。何でも『得体の知れない二、三人がうろつき回って、さりげない風を装ってあれこれ聞いてくる』んだそうです。『下見に来た商人だと言っているが、商売人の臭いがしない』とも言ってました」
俺は元斥候であるバートの方に眼をやった。
「どっかの密偵っぽいですな。聞き込んでる内容が判りゃ、正体の見当もつくかもしれやせんが……」
再びシュクの方に目を向ける。
「え、えっと……あ、この頃急に値上がりしたものや、品不足になったものは無いか聞いていたそうです」
ふむ……。
「商人なら聞いてもおかしくない内容だが、商人でないとすると、軍需物資の買い占めに伴う品不足や値上がりを探っていると見えるな」
「……てぇ事は、この国の密偵が俺たちの事を探ってんじゃなく……」
「テオドラムの動向を探るべく送り込まれた、他国の密偵だろうな」
そう言って俺はシュクの方に向かって言った。
「お手柄だぞ、シュク。よく教えてくれた。ハクも何か聞き込んだら教えてくれ」
「「はい!」」
ユニゾンで返事があった。
・・・・・・・・
ヴィンシュタット下町の安宿で、三人の男たちが密談している。
「……何か判ったか?」
「あぁ、一月ほど前に部隊が移動したのは確からしいんだが……」
「……やはり行き先は判らんのか」
「……そっちもか?」
「あぁ、どうやら二個大隊近い部隊がレンヴィルに集結した後、どこかへ移動したらしい。そこまでは掴んだんだが……」
「俺の方は、お偉いさんがえらく慌てていたって噂話を聞き込んだぞ……」
「……何か、テオドラムにとっても予想外の事が起きた可能性があるな」
「今のところ言えるのはそれだけか……よし、他に何かあるか?」
「大した事じゃないかもしれんが……」
「今はどんな情報でも欲しい。話してくれ」
「あぁ、金回りのいいどこかの亡命貴族が幽霊屋敷に住み着いたそうだ」
「……突っ込みどころが多そうな話だな。まず亡命貴族ってのは?」
「噂の出所ははっきりしない。ただ、身なりや金遣いから貴族ってのは間違いないらしい。屋敷に籠もって出ようとしないそうだ」
「訪問者は?」
「いない。依頼された荷物を届ける者だけだ」
「……で、幽霊屋敷ってのは、何だ?」
「いや、それがだな……」
ここで男はハンクとバートが聞き込んだ内容を話していく。
「……それはまた……何というか」
「……よくそんな屋敷を買おうって気になったな」
「その分破格に安かったんじゃないかって噂だ」
「その、貴族とやらについては何も判らんのか?」
「屋敷を売った不動産屋に聞けば判るかも知れんが……どうする?」
「時期が時期だけに、少々気になる。他国の密偵という可能性も無視できん」
「では、聞き込みに?」
「あぁ。商人が相手なら、口を割らせるのに多少の金子は必要になるだろうが……必要経費と思う事にしよう。見過ごしたら拙いネタかもしれん」
・・・・・・・・
「妙な男に声をかけられた?」
今回の報告はハクがもたらした。
「はい。八百屋のホルさんのところで……」
ハクが言うには、八百屋に野菜の発注に行ったところが、そこに居合わせた男に話しかけられたのだという。それだけなら何と言う事もないんだが……。
「ご主人様たちの事を聞いてくるんです。お歳とか、普段何をしているとか……。それに、近寄った時に鉄の……短刀のような臭いがしたので、何も言わずに逃げてきました」
爬虫人って、鼻が利くのか?
「上出来だ。今後遭っても何も話すな」
ちなみに、近隣住民の密かなマスコットであるハクとシュクを怯えさせたというので、この日以降住人たちの密偵に対する評判は下落し、何を聞いてもろくな返事を得る事ができなくなったのは思いがけぬ副産物であった。
「短刀……鉄の臭いと言っていたが、他の臭いはしなかったか?」
「ええと……あ、ペル酒の臭いがしました」
「ペル酒?」
俺の疑問にはバートが答えてくれた。
「山の道端なんかに生えるペルって果実から造った安酒でさぁ。山の無いテオドラムじゃあんまり見ねぇが……イラストリアじゃ割と見かける酒ですぜ?」
ほほう……イラストリアね……。
・・・・・・・・
「……で、不動産屋では何か判ったのか?」
「金貨五枚って大金を払わされたがな。商売人の矜恃がどうとかぬかしやがって、後で聞いたらあの屋敷の値段が金貨三十枚だって言うじゃねぇか。屋敷の代金の六分の一だぞ、六分の一!」
「……それは、情報料が高いと憤慨しているのか? それとも、屋敷が安いと驚いているのか?」
「両方だよ、両方!」
「ま、まぁ、少し落ち着け。隣室にも迷惑だぞ」
「そ、そうだな。ほら、ペル酒でも飲んで気を静めな」
差し出された酒を呑んで少し落ち着いたのか、男が話し始めた。
「済まん……。屋敷を買ったのはどこぞの貴族の御曹子という触れ込みらしい。直接会ったわけじゃないそうだが、護衛の話によると、奇矯な振る舞いが過ぎて国許を追われたとか。護衛の男は屋敷の来歴を聞いて一度は躊躇ったが、翌日再びやって来ると、金貨三十枚で買い取ったとの事だ。これだけの情報じゃ金貨五枚の値打ちはないが、支払われた金貨がマナステラ王国のものだった……ってのは収穫だろう?」
「マナステラを追われた貴族か……どこかで聞いたような話だな」
 




