第六十八章 レプティリアンの兄弟 2.お仕着せ
「ご主人様。折角だから二人にお揃いの服を着せてあげたいんですけど」
進み出てそう提案したのは、唯一の貴族生活経験者、マリアだ。「折角」というのが何を指すのか、そこはかとない不安――一瞬だけ、どこかの編集者と似た雰囲気を発した――はあるが、言っている事は尤もだ。
「……確かに、一応貴族の御曹子に仕えるわけだから、不揃いの私服を着ているのもおかしいか。……よし、マリアに一任するから、上着から下着まで一通り揃えてやってくれ。衣服以外にも必要なものがあれば買うように。それから……男どもは二人の部屋を準備するから手伝ってくれ」
マリア――荷物持ちでフレイがついて行った――に買い出しを頼んで、俺とカイト、ハンク、バートの三人で部屋を準備する。まだ小さいから一部屋でいいかも知れんが、大きくなった時の事を考えて広い部屋にするかと思ったんだが……。
「「あの……広すぎて落ち着きません」」
本人たちから駄目を出された。じゃあ、これくらいの部屋でいいか。
「必要な家具はベッドと机と……他に子供部屋に必要なものって何だ?」
「いや……子供部屋なんて、貴族ぐれぇしか持ってねぇんじゃねぇですか?」
「そもそも個室なんか貰えませんよ」
「大部屋に雑魚寝が普通っすね」
「いや、そもそもこの屋敷、使用人の数が少ないし、大部屋に二人きりってのが落ち着かないんだろう? だったら個室――相部屋だが――しかないじゃないか。そうなると、やはり家具も必要だろう。何もない個室っておかしいだろ?」
刑務所の独房みたいになるぞ?
「まぁ……そうなりますか」
「だったら、衣服や小荷物をしまい込む衣装箱とかですかね」
「なるほど、クローゼットか」
「いや……衣装箱……」
「諦めろ、カイト。きっとご主人様のお国では、衣装箱というのはクローゼットを指す事になってるんだ……」
……後ろの方で何かひそひそと言っているようだが、気にする必要はないだろう。
事実は単に、クロウが衣装箱――あるいは衣装行李――と衣装箪笥を混同していただけなのだが、双方ともその勘違いに気付かなかったりする。
「ハク、シュク、ベッドは大きいのを一つがいいか、小さいのを一人に一つずつがいいか?」
「「あの……小さいのを一つで」」
「解った、キングサイズを一台だな」
「「……」」
あとで注文を出しておかんとな。
(「ハク、シュク、早いとこ慣れるこった」)
(「淋しくなったら、俺んとこ来ていいからな」)
( 「「ありがとうございます」」)
何か後ろが騒がしいな……。
・・・・・・・・
予想より早くマリアたちが帰ってきたが……予想に反して荷物が少ない。代わりに連れてきたのが……。
「それでは、ご寸法を頂戴します」
(「……おい、マリア……お仕着せって、出来合いじゃねぇのかよ」)
バートがひそひそ声で訊ねている。
(「馬っ鹿ねぇ、バート。貴族の使用人向けに仕立てた揃いの子供服なんて、店に置いてるわけないでしょ。仕立屋を呼びつけるのが普通よ」)
(「そ、そうなのか?」)
バートがこっちを見るが、俺だって知らんぞ? カイトは賢明にも我レ関セズの態度を貫いてるな。俺もそうしておこう。
「それで、生地の方は先刻戴きましたご注文でよろしゅうございますか?」
仕立屋がカイトに向かって訊ねる。さぁ、カイト、どうする?
「あ、あぁ、マリアに任せる」
よし、上出来だ。
「それでは、取り敢えず二揃い持って参りますので」
「なるべく早くお願いね」
「かしこまりました」
・・・・・・・・
「おいっ、マリア、取り敢えずってなぁ何だよ?」
「着替えが要るんだもの。一着って事はないでしょう?」
「着替え!?」
「あのね、バート、貴族の従者ともなれば、汚れた服を着ているのは主人の顔に泥を塗る事になるのよ? これからはあんたたちもちゃんと着替えてもらうからね」
バートたちは絶望を浮かべて俺の方を見るが、これはマリアの言い分が正しい。
「汚れにくい身体だからといって無精はするな。特に子供は代謝が盛んな分、服も汚れやすいからな。……洗濯担当の女中を増やすか……」
「済みません、ご主人様……」
「いや、これはマリアの言うとおりだ。俺ももっと早く手配するべきだった」
一連の遣り取りを見ていたハクとシュクだが、ハクがおずおずと質問をしてきた。
「あの……僕たちはどなたにお仕えすればいいんでしょう?」
あぁ、混乱したか。
「少し難しいが、覚えてくれ。お前たちの主人はこのカイトという事になっている。俺はカイトの更に上だが、お前たちの直接の主人ではない。まぁ、カイトの兄か叔父のようなものだと思ってくれ」
(「どう見てもカイトの方が年上だけどな」)
うるさいよ。




