第六十七章 亜人たち 3.クロウの諫言(かんげん)
三人の亜人を前にして、冷厳な態度のクロウが語ってゆく。
「第一に、今のお前たちじゃテオドラム王国に挑むには力不足だ。少なくともイラストリアだけでなく、マナステラやマーカスなど、テオドラムを取り囲む国々の亜人が協力する必要がある」
反論しようとするホルンの口を封じるように、クロウは言葉を続ける。
「第二に、俺が参戦すれば多少はテオドラムに痛い目を見せる事ができるだろう。しかし、その結果何が起こるか、考えた事はあるか?」
クロウの問いかけに戸惑った様子を見せる三人。
「……戦に巻き込まれたテオドラムの民は、戦から逃れようと国を脱出するだろう。別にあの国の住人がどうなろうと知ったこっちゃないが、数百万……恐らくは一千万近くの国民が難民化して周囲の国に押し寄せたらどうなると思う?」
クロウの言葉に息を呑む三人。
「テオドラムを取り囲む国は六つ。単純計算で一ヵ国当たり百六十万以上の難民が押し寄せる。それだけの数を国が収容できると思うか? 衣食住を求めて難民が森へと入り込み、木々を切り倒し山を焼き払って、自分たちの土地を得ようとするとは考えんのか? 国内の森をあらかた破壊して農地に変えた国民だぞ? 仮にそうした場合、各々の国がその行為を禁止できると思うか? もし禁止すれば難民は暴徒化し、国の治安を乱す事になるんだぞ?」
クロウによって突きつけられる非情な予測に、三人の顔は青ざめてゆく。
「第三に、お前たちがテオドラムに攻め入った場合、高い確率で傀儡と化したエルフや獣人と闘う羽目になるだろう。その覚悟はできているか?」
次々と突きつけられるクロウの言葉に呆然となる三人。
「その様子じゃ考えた事もなかったようだな? だが、テオドラムがエルフや獣人を傀儡化したとすれば、必ずお前たちに対して使ってくるぞ。それが最も効果的だし、上手くすれば新たな操り人形が手にはいるんだからな」
もはや三人は言葉も無く、彫像のように立ち尽くすのみである。
「第四に、これは断言はできんが、おそらくテオドラムが傀儡化に際して施した術は、簡単に解けるようなものではない筈だ。おそらくは死ぬまで自分の意志を失った人形のままだろう。つまり、お前たちがいくら解放々々と力んでも、手遅れの可能性が極めて高い」
三人の目に絶望の色が浮かぶ。
「そして第五に、テオドラムに攻め込む暇があったら、もっとやるべき事があるだろう。こうしている間にも、どこかの国でエルフや獣人が攫われているかもしれんのだぞ? それを放っておくつもりか?」
あっという様子で息を呑む三人の亜人。頭に血が上ってそこまで考えが廻らなかったが、確かに新たな犠牲者を出さないようにするのが先決である。
「し、しかし精霊使い様、このところテオドラムの動きが不穏であるとの報せが入っております。こちらが出遅れた場合、テオドラムが他の国へ侵攻する恐れが……」
ホルンの声に押し被せるようにクロウが発言する。
「それは無い。テオドラムは少なくとも今年一杯、早くても来年の半ばを過ぎるまでは動けん筈だ」
自信ありげに言い放つクロウの態度を見て、ああ、また何かやったのだなと確信するホルン。
「もしテオドラムが妙な真似をしようとしたら、その時は俺がどうにかする」
傲然と言い切るクロウを見て、どこまで信じていいものかと戸惑うトゥバとダイム。ちらりと横目でホルンを眺めると、諦めたような悟り切ったような妙な表情を浮かべている。……これはどう判断すべきか。困惑している二人をよそに、乾いた声でホルンがクロウに問いかける。
「では、精霊使い様のお考えは?」
「テオドラムの国体は維持したまま、時間をかけて弱体化させる。それしかあるまい」
「……そのような事が可能ですか?」
「可能かどうかは知らん。やるしかないと言ってるんだ。……多分、お前たちがかつて経験したどの戦よりも、長く面倒な闘いになるぞ」
「……我々はどうすれば?」
「第一に、いつだったかお前と話した、亜人間の連絡会議。あれを早々に立ち上げろ。最終的には、テオドラムを取り囲む六ヵ国の亜人が協力体制を構築する必要がある」
クロウが指を折って為すべき事を挙げてゆく。
「第二に、数人でチームを組んで各地を巡視し、これ以上エルフや獣人が攫われるのを阻止しろ。場合によっては奴隷狩りや奴隷商人を襲ってでも、同胞をテオドラムの手に渡すな」
「第三に、奴隷狩りが村を襲う可能性を考えて、村の防衛網を見直せ。警戒を厳重にするだけじゃ駄目だ。迷路や罠、考えつくあらゆる手段を講じて、侵入者を殺せ」
敵に対して容赦はするなと強い口調で言い切る。
「第四に、テオドラムについて判っている情報を掻き集めろ。地勢、人口、産業、何でもいい。国一つを相手取って闘うんだ。テオドラムのどこを、どうやって攻めるのか、立案するためのデータがいる」
口にした内容がホルンに伝わったのを確かめてから、クロウは最後の言葉を放つ。
「俺から伝える事は以上だ。賢明な判断を望む。あぁ、それからついでに言っておくが、俺とテオドラムは既に敵対関係にある……向こうはそれを知らんがな」
薄い嗤いを残してクロウは去った。
呆然とした様子の亜人三名を後に残して。




