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第六十六章 蒸留酒 4.蒸溜酒の試作

 カイトたちに押し切られる形でオドラントのダンジョンにやって来たんだが……。


「うわぁ……」

「……もの凄い数っすね」

「急いでいたから整理も何もせず、ただ突っ込んだだけだからな……」


 飛龍(ワイバーン)百頭とテオドラム兵二個大隊の屍体の山を前にして、カイトたちは呆然としていた。人間の屍体が山になっているのを見て気を悪くするかと思ったんだが、意外にさばさばしているな。もう自分たちとは別種族という認識なんだろうか。ただ、数の多さには呆れているようだ……うん、俺も同感だし。


「ご主人様、コレ、全部アンデッドにするんすか?」

「いや……さすがに二個大隊のアンデッドなんてのは……」


 上級士官はともかく、兵卒はさっさと吸収させようと思ったんだが……何分(なにぶん)にも数が数だしな。実際、ロムルスとレムスも数を聞いたら引いてたし……当面はここで保管しようと思っていたんだが……。


「さすがに酒造りの場に屍体が山積みってのはまずいよな?」

「……そうっすね。俺もそう思います」

「部屋を分けますか?」

「そうだな……」


 面倒だが、人間の屍体、飛龍(ワイバーン)の屍体、装備類の別に分けた方が良さそうだ。だが、とりあえずは全部を一部屋に(まと)める形で隔離しておこう。


「さて、さっぱりしたところで蒸溜器の作製に取りかかるが……お前たち、何の酒が欲しいんだ? 原料を調達してこなきゃ酒は造れんぞ?」


 あ、ポカンとしているな。説明しなくちゃ駄目か。


「……いや、だからな。蒸溜する原料としてワインやビールを買い集めたら人目につきすぎるし、割高になる――つまり、同じ金額でも造れる蒸溜酒の量が減る――のは避けられんぞ? 原料を発酵させた(もろみ)から造る方がいいんだが、ワインのようにブドウから造るのか? それとも他の果実か? 小麦・トウモロコシ・芋などの農作物を原料にするのか? 変わったところで蜂蜜や糖蜜というのもあるぞ?」


 そう言うと、一同硬直した後で互いに顔を見合わせてひそひそと話し込んでいる。やっぱりそこまで深くは考えていなかったか……。


 談合中の五人組を放っておいて、銅のインゴットからポットスチルの作製に取りかかる。ポットスチルは単式蒸溜用のウィスキー蒸溜器だ。連続蒸溜は面倒臭そうだし、やっぱり最初は単式蒸溜からだろう。最初は試作分だし、あまり大きくする必要はないだろう。大体の見当でウィスキー樽一個分くらいの大きさに整形する。形式は……ノーマルネックでいいか……いや、やっぱり実験を兼ねてボールネックのものも造っておくか……。


 さっさと試作用のポットスチルを造っていると、おずおずという感じでフレイが聞いてきた。


「あの……ご主人様、最初に原料を買い集めないといけないんですよね?」

「当然だな」

「原料の在庫ってお持ちじゃないですか?」


 何を言ってるんだ? このダンジョンはできたばっかりで……いや、そうか。


 思い当たる節があったので、ピットのダンジョンに連絡を入れる。


『フェル、唐突だが、お前らが襲った商人の荷物の中に果実か農作物はなかったか?』

『……ひょっとして、お酒の原料ですか?』

『……察しがいいな。で、どうなんだ?』

『小麦はありましたが……テオドラムのですよ?』

『テオドラムの小麦か……他にはなかったか?』

『ある程度の量があるのは……芋ですね』

 芋か。サツマイモなら芋焼酎というのが定番だが……。


 ダンジョン転移で一っ走り実物を見に行くと、ジャガイモ系の芋だった。地球世界ではジャガイモは新大陸産で、コロンブスがアメリカ大陸を発見するまではヨーロッパにはなかったんだが……こっちの世界にはあったようだな。まぁ、どこの産でも酒の原料にはなるだろう。日本でもジャガイモ焼酎というのはあった筈だ。


 フェルに一言断って小麦と芋をオドラントに持って行く。テオドラム産の小麦の危険性について説明した上で、どちらを原料にするかと訊ねたら、全員が芋を選んだ。そりゃそうか。ただ、芋で酒を造るというのは初耳だったらしい。


「芋で酒が造れるなんて初めて聞きやしたぜ」

「蒸溜酒以外の例は俺も知らんな」


 芋を()かした後に大きめの容器の中で潰し、錬金術の「糖化」スキルによって澱粉(でんぷん)を糖に変える。その後、錬金術の「発酵」スキルを用いてアルコール発酵を行ない、(もろみ)を造る。できた(もろみ)をポットスチルに入れて蒸溜するんだが……今回は試験という事もあり、ノーマルネックとボールネックの両方での蒸溜を比較してみるつもりだ。


「あの……何で全部錬金術でぱーっとやっちまわないんすか?」

「あぁ。簡単に言うと不味くなるんだ」


 カイトの質問に対して、噛み砕いて説明していく。


 基本的に錬金術でやれるのは、任意に選んだ一つの化学反応を促進する事だ。澱粉(でんぷん)の糖化にしろ、アルコール発酵にしろ、基本的に単一の化学反応なので、コウジカビや酵母菌の代わりに錬金術で代行するのに問題はない。


 しかし蒸溜は違う。アルコール以外に様々な香気成分・香味成分も一緒に蒸溜されるからこそ、複雑な味わいを持つ蒸溜酒ができる。もしも錬金術で蒸溜を代行した場合、できるものは単なるアルコールでしかない。錬金術のスキルが上がれば判らないが、今の俺の錬金術では多数の成分を最適化された状態で蒸溜するなど不可能だ。


「……と、言うわけだ。解ったか」

「……色々と大変なのは解りました」


 そうこうするうちに蒸溜が終わる。この段階の原酒には異臭の原因になる成分が含まれており、酒としても刺々(とげとげ)しく、呑めたもんじゃない。なので最低でも三ヶ月は貯蔵して熟成させる必要があるのだが……案の定、呑み助どもが承知しない。まぁ、試しに呑ませてやれば解るだろう……って、全員か?


 どうもマリアとフレイは職業的な興味から味の変化を知りたかったらしい。他の三人は、酒飲みの本能と好奇心とが半々ってところか。で……マリアとフレイ、それにハンクは予想どおり微妙な顔をしているが、カイトとバートは……これはこれでいけるって……。


「半年から一年熟成させると、見違えるような味になるぞ?」

「……錬金術で短縮ってのは、やっぱりだめっすか?」

「三ヶ月から半年というのは、刺激臭などの原因になる成分を揮発させるのに要する期間だからな。手抜きはしない方がいいだろう。その後は、味に丸みを持たせるための期間だから……短縮できなくもないか?」


 確か、超音波を当てる事で熟成を促進する技術があった筈だ。


「――じゃ、それでお願いします」


 内心の葛藤があったようだが、半年ほど熟成させる事は納得したみたいだな。



・・・・・・・・



 これにて一件落着……と思っていたら、そうはいかなかった。


「芋以外でも酒は造れるんすよね?」


 ……一通り仕込む事になったよ。ちくせう。

今話で六十六章は終わりです。この後は、挿話を一話はさんで本編に戻ります。

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