第六十六章 蒸留酒 1.異世界アルコール事情
本章(四話分)は、少し本編の流れから外れた話になります。
ヴィンシュタットのオーガスティン邸に転移する度に地下室にあるガラス器具が気になっていたんだが、ある時その中に蒸溜器らしいものを見つけた。江戸時代に蘭引って呼ばれていたやつかね。ワインなんかを蒸溜して度数の強い酒を得る道具だ。
そこまで説明した途端に、元・勇者一行――現・アンデッドパーティー――の眼がギラリと光った。
「度数の強い酒って……どんなやつっスか?」
「うん? ここに蒸溜器の現物があるくらいだから、蒸溜酒ぐらい普通に出回ってるだろ?」
カイトたちの態度に不審を覚えて聞き返すと、蒸溜酒はあるにはあるが普通というほど出回ってはおらず、庶民の手には入りにくいのだという。意外に感じたが、どうやら酒税をどうするかで揉めた挙げ句、面倒なので禁止にしたらしい。原料の小麦をパンと奪い合う事も懸念されたようだ……って、あぁ、エールの生産量を減らすわけにはいかなかったんだな。そう言えばイラストリアって国、農業生産量は必ずしも多くなかったな。なけなしの穀物を酒に回す余裕はなかったか……。と、いう事は……蒸溜酒はほぼ輸入品か……高いわけだ。
「だからっ、強い酒が手に入るとあっちゃ、聞き流すわけにゃいかねぇんすよ」
まぁ、言いたい事は解るが……。この程度の小さな蘭引じゃ造れる量も少ないし、品質も安定せんぞ?
「……って事は、でかい道具を造ればいいんすよね?」
「俺たちでも造れやすかぃ?」
蒸溜器をか? それとも酒をか?
造る事はできるだろうが、どうせ造るならちゃんとした蒸溜器から造りたい。インターネットで検索すれば、大まかな形ぐらい判るだろう。暇があったら造ってやると約束して、その日はヴィンシュタットを後にした。
……よく考えたら、農業国テオドラムなら余剰穀物から蒸溜酒ぐらい造ってるんじゃないのか?
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インターネットで調べると、酒造に使える蒸溜器――アランビックだっけ――は、入手はできるが、アルコール度数一パーセント以上の蒸溜酒を造ると違法になるらしい。じゃぁ、何で売ってるんだと思ったが、蒸溜で造れるものは酒以外にもあるみたいだな。圧力鍋で代用もできるそうだが……カイトたちの様子を見る限り、ちまちま蒸溜してたんじゃ間に合いそうもない。……当初の予定どおり、錬金術スキルで自作するか。材料は銅。硫黄臭がつくのを防ぐためらしい。幸い銅ならピットの地下に鉱床があった。ポットスチル――ウィスキー用の蒸溜器――を造るくらいなら間に合うだろう。
ピットに行って地下の鉱床から銅の塊を抽出していると、ダンジョンコアのフェルが何に使うのか聞いてきた。
『いや、要望があったんで蒸溜器でも造ってやろうかと思ってな』
『はぁ……』
何だ? 雇用者が被雇用者の要望を聞き入れるのがそんなに変か?
『仄聞する限りでは多くはないかと……』
そうなのか? まぁいい。
『俺も少しは興味があるしな。そう言えば……テオドラムでは蒸溜酒を造っていないのか?』
フェルは少し考えていたが、ダバルの方が詳しい筈だから彼に聞くように勧めてきた。
『蒸溜酒……酒精の事ですか? イラストリアでは原則禁止、テオドラムでは国営のみの筈ですが……』
あ……造ってはいるのか。
『調薬に用いる他は、一部が料理用に回されるくらいだった筈です。アレを呑もうなんてのは余程の物好きか呑兵衛だけですね』
……おや?
『酒としては出回ってないのか?』
『外国から入ってくるものが一部ありますが、値段も高いですし、一般には馴染みが薄いですね』
蒸溜酒が流通していないのは不思議だが、不思議と言えば……
『ダバル。さっき調薬用と言ったが、イラストリアではその辺どうしてるんだ?』
『あぁ。魔術か錬金術で必要なだけ造ってしまうんですよ。以前に呑んだ馬鹿が失明して以来、アレを呑もうなんて者はいません』
失明?
『……何を原料にしているか知ってるか?』
『木材ですが?』
あぁ……やっぱりメチルアルコールか。あんなもの呑んだら、そりゃ眼ぐらい潰れるわ。「眼散る」アルコールって言われてたしな。どうやらエチルアルコールとメチルアルコールを区別できていないようだな。
しかし……この様子じゃこっちの世界での蒸溜は注意してやらんと、ややこしい事になりそうな気がする……。
クロウとしては、被雇用者――この場合はアンデッド――の福利厚生だけでなく、何かの時に使えるカードにならないかという打算もあるようですが……。




