第六十五章 テオドラム 4.失敗~abortion~
「派遣部隊の消息が知れぬとはどういう事だ?」
テオドラムの城内に国王の――怒りと困惑の混じった――声が響いた。
「それが……ニルで待機していた者の報告では、まず先遣の飛竜部隊が定刻になっても到着しなかったそうです。ただし、今回の作戦では指揮官にかなりの自由裁量権を与えており、ニルで待機していた者もそれを知っていたので、何かの変更があったのだろうと考えて報告はしなかったと。ところが翌日、翌々日になっても本隊が到着しないどころか何の連絡もない、ニルからの呼びかけにも答えないという事で、ようやく異変が起きたのを覚ったようで……」
「……ったく、使えぬやつだ。……いや、この場合は自由裁量権の事が裏目に出たと言うべきか……」
「よもや我が国内で不測の事態が起きるとは考えてもいませんでしたから……」
「で? 賢明なる臣下が自分の裁量で既に対処を済ませたと知っても、余は立腹するほど狭量ではないつもりだが?」
「出発前に部隊を集結させていたレンヴィルの牧場から斥候部隊を出しました。魔術師を一人、うちから追加で送っています。彼らにはイラストリア派遣部隊の予定ルートを辿って、何か異常がないかを確認するように、定時連絡を絶やさないように命じています」
「で? 何か収穫はあったか?」
「今のところはまだ何の異常も確認されていません。最後の連絡はレンヴィルから二日の地点で野営するというものでした」
「問題が発生したとすればそれ以降か」
「はい。なので、斥候隊にはそこまでは先を急ぐように指示してあります」
「今は現地へ急行している最中か……」
「連絡があるとしても三日後になります。飛竜を使う事も考えましたが、その後の調査を考えると馬の方が使い勝手がいいと考えましたので……」
「よい。余としても異論を唱えるつもりはない。ただ、報せの来るのが待ち遠しいだけだ……」
・・・・・・・・
テオドラムの調査隊が最終野営地に到達したという連絡は、国王や副官の想像より早く、二日目の深夜に届いた。
「……かなり無理をさせたようだな」
「彼らにも事態の重要性が解っているのでしょう。夜が明け次第捜索にかかるそうです」
「充分に注意して、連絡を絶やさぬように伝えておけ。あたら有能な者をこれ以上失いたくはない」
「御意」
・・・・・・・・
一夜明けて捜索を開始した調査隊の面々であったが、何一つ手掛かりを得る事ができなかった。
「おぉ~いぃ、デリ~、何か見つかったかぁ~?」
「駄目だ~、そっちはどうだぁ~?」
「見つから~ん」
レンヴィルから派遣された五名の斥候兵と一人の魔術師が、二人一組のペアをつくって広い範囲を捜索していたが、何一つ得る事はできなかった。いや……一つだけ……。
「部隊の行軍の跡がここでぷっつりと途絶えているんだから、この辺りで何かが起きたのは確かだと思うんだが……」
「だが何の痕跡もない。ヤンリー魔術兵は何か感知できないのか?」
「駄目ですね。異常な魔力の残渣も、死者の気配も、感じ取る事はできません」
そう話している彼らの地下には、一階層だけではあるが広大なダンジョンが広がっている。ただし、通常のダンジョンとは違いクロウがダンジョンマジックで作成したため、地表への開口部が無く、魔力が漏出する事がない。念の入った事に、クロウはこのダンジョンを造るに当たってヴァザーリの監視拠点を参考にしており、強固な内側のダンジョンを隠蔽能力を持つ外側のダンジョンで包むという二層構造を採用していた。そのために地下のダンジョンの存在が露見する危険性はほとんど無かった。加えて、クロウが死霊術まで使って屍体を悉く回収したため、死者の気配と呼ばれるものも感じ取る事ができなかった。
「……死人の気配がしないって事は、ここでは何もなかったのか?」
「いや、足跡や車輪の跡が途切れているんだ。ここで何かがあったのは確かだ」
「ジェスリー、お前、以前冒険者だったんだろう? モンスターの痕跡とか判らんのか?」
「俺もそう多くのモンスターに出くわしたわけじゃないからなぁ……。とりあえず、足跡や糞のようなものは見つからなかった」
「これからどうする?」
「一応、何も判らなかった事を報告して、特に指示がなければ先に進んではどうかと思う。何かの痕跡が残っていないとも限らん」
「妥当な線だな」
「しかし……本当に何も無い場所だな。少し手前までは草や灌木が所々に生えていたのに、ここじゃそれすら無い。殺風景な場所だぜ」
「ああ、だから地元の連中からもオドラント――荒れ地――と呼ばれているそうだ」




