第六十四章 テオドラム 3.オーガスティン邸
「この情報が確かなら、大至急ご主人様に報せねば大変な事になるぞ!」
「畜生、テオドラムのカスども……いっそ、俺たちが殴り込んじゃ駄目か?」
「五人だけで一個連隊八千人以上を相手にしようってのか? 馬鹿も休み休み言うこった」
「無駄口を叩いてる暇はない。ご主人様に連絡するから、これまでに判った内容を整理しておけ」
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「緊急事態とは何だ、ダンカ……いや、ハンク? 念のためにダバルも連れてきたが」
「まずはこちらをご覧下さい。先日王城内に忍び込んだケイブバットとケイブラットの組が持ち帰った記録です」
クロウは王城内に偵察を送り込むに当たって、ケイブバットとケイブラットをペアにして運用していた。手先の器用なケイブラットには映像記録用の魔石を持たせ、聴覚に優れたケイブバットとペアで運用する事で、映像と音声の両面からの情報収集を充実させていた。更に、空中を移動できるケイブバットと、小さな穴に潜り込む事を得意とするケイブラットの組み合わせは、彼らの行動範囲を拡大する事に寄与していた。
「……これは!」
「テオドラムのやつら、こういう計画を持っていたか……」
魔石が記録した映像は、テオドラムの軍事作戦のシミュレーションマップ。音声はそれに関する討議の模様を記録したものであった。
「ニコーラムからグレゴーラムへ一個大隊の増援を送り、グレゴーラムの連隊は山を越えてイラストリアへ侵攻、サウランドを脅かす。そしてイラストリアが動揺する隙を衝いて、首都からニルへ移動した二個大隊が間髪を入れずリーロットを占領する、か」
「リーロットの北側に駐留する第四大隊は、王都後背部のハイラント高原への侵入を阻むために動けません。南東部に配備されている部隊の移動はサウランドに侵攻した連隊が阻止するでしょう。となると、イラストリアが即座に動かせるのは一個大隊。イラストリアの軍は精強で、大隊の規模はテオドラムの一個大隊よりも大きいですが……」
「この状況でテオドラムは更なる増援を送る事が可能だが、イラストリアにそれは難しい。何よりイラストリア軍は拠点防衛に長けた軍勢であって、今回のような急速展開には向かない……。考えたな」
腕組みをして考え込んだクロウに、ギル改めバートが問いかける。
「ピットのモンスターで迎え撃つ事ぁできねぇんですかい?」
「リーロットは遠すぎる。素直に街道を進んでくれれば何とかなるが、恐らくやつらは農地を突っ切ってでもピットを迂回するだろう。どのみちあの街道は、大軍が行軍するには狭いしな」
「最初の計画では、グレゴーラムと共同してサウランドを落とす予定ではなかったのでしょうか」
「あり得るな。ニルからサウランドへ進むには、どうやってもピットの傍を通らざるを得ん。敗退するとは考えていないだろうが、ピットでの小競り合いで時間を取られるのを嫌ったんだろう。修正案では、状況次第でヴァザーリを占領する事も考えているようだな」
『寧ろ……そちらが……本命では?』
中継映像を介してオーガスティン邸での討議を見守っていたハイファが、念話を通じて意見を述べた。
「ふむ……今のヴァザーリは民心が領主から離れている。住民が抗戦よりも逃亡を選ぶ可能性は無視できんな……」
「それにしても、テオドラムのやつらの言い分が……」
「テオドラムの商人がピットのモンスターに再三襲われている。イラストリアは自国内での商隊の安全に気を配るべきなのにそれを怠った。ゆえにテオドラムは自国の商人の安全を守るために軍を進める。そのための基地としてリーロットを利用させてもらう。それが嫌ならイラストリアはピットのダンジョンを討伐せよ。それまでリーロットはテオドラムの保障占領下に置かれる、か。侵略の口実にピットが使われるのは不愉快だな」
「とは言え、やつらが動き出す前に情報を得られたのは大きいです」
「大手柄だな。この情報を持ち帰ったペアには、たんまりと褒美を取らせねばなるまい。……テオドラムのやつらに情報漏洩が気取られた様子は?」
「今のところありません」
「よし、念のために王城への潜入に関しては……そうだな、二日ほど控えよう。その後は潜入調査を再開するが、今まで以上に慎重に行なうように。情報の取得よりも、潜入を気取られない事を最優先とする。それから……アンデッドの皆は物価の上昇に注意してくれ。保存食や薬などの値が上がったら、王国が需要を満たすために買い占めた可能性がある。上手くゆけば侵攻のタイミングを知る事ができる」
クロウからの指示に、アンデッド七名――勇者一行五名と使用人二名――が声を揃えて答える。
「承知いたしました」




