第六十四章 テオドラム 2.テオドラム王城
「飛竜兵が一騎戻らぬと?」
「は。グレゴーラムへ派遣した者が一名、未だ帰還しておりません」
「ふむ……件のドラゴンに遭遇した可能性はあるか?」
「無いとは言えませんが……一報も入れずに落とされたというのも少々腑に落ちません」
「だが、ドラゴン以外に何が考えられる?」
「それは……お言葉の通りですが……」
「とにかく、一応その方面の警戒を厳重にしておけ」
「計画の実行を遅らせますか?」
「いや……遅らせて事態が好転する保証がない。作戦は予定どおり発動する。ただ……そうだな、ドラゴン対策用に例の攻城兵器と……開発本部が提案してきたアレも一応準備しておけ。この際だ、打てる手は全て打っておこう」
「かしこまりました」
この話は終わりと感じた国王は、軽く溜息を吐くと背筋を伸ばす。本当なら剣の稽古でもして身体を動かしたいところだが、生憎その暇はなさそうだ。机の上に山積みになっている書類をちらりと横目で眺め、次の話に入るよう部下を促す。
「……次もあまり喜ばしい話ではございません」
「いつもの事だ。報告しろ」
「はい。イラストリアやマナステラなどを中心に、我が国の小麦粉を取り引きから外す動きが見られます」
「……理由は何だ?」
「どうやら毒麦の件が気付かれたようで」
「お人好しどももさすがに気付くか……問題の不行跡を行なっておる商人は掴んでおろうな」
「御意」
「折を見てその商人の首を刎ねよ。我が国の商人が許されざる商いをしておった事を詫びて、問題の悪徳商人は処分したので、我が国の小麦粉は安全だと公表せよ」
「それで収拾がつきましょうか?」
「一~二年は難しいかもしれぬ。しかし、我が国より安い小麦が出回らぬ限り、取り引きを望む者は途絶えはせぬよ」
国王はうっすらと嗤いを浮かべる。それは自分たちの強みを理解している者のそれであった。しかし、その嗤いも次の報告で消える事になる。
「……ヴォルダヴァンとモルヴァニアがどうしたと?」
「シュレクの鉄鉱山での捨石の管理について、情報の開示を要求しております」
「なぜ今頃になってそのような事を言ってくるのだ?」
国王は憤然となって腹心に問いかける。しかし、その返答は、国王のささやかな不機嫌など――更に悪い方向に――吹き飛ばすようなものであった。
「どうやらシュレクの鉄が毒持ちだという事が知れたようです。捨石から滲みだした砒霜が地下水を汚染した場合、下流側に位置する彼の二国は被害を受ける可能性が高いという事で、事情を説明しろと迫ってきたようですね」
「……実際にそのような可能性があるのか?」
「確かめてみたところ、可能性としてはあるそうですが、現時点で隣国にそのような事態が起きている様子はないようです。それに、そのような汚染が起きるとすれば、隣国よりも国内の方が先でしょう」
「国内でそのような兆候は見られぬのだな?」
「今のところは」
「他の場所での鉱毒発生について監視を強めよ。あくまでも密かにな」
「ヴォルダヴァンとモルヴァニアについては如何計らいますか?」
「……やつらが危惧するような事はないと突っぱねたらどうなる?」
「と言うよりも、現在の状況を素直に公開するわけにはゆきません。隣国より市民たちが動揺します」
「大事を控えた今の時期にそれは拙い。二国に対しては今しばらくは惚けておけ」
「御意」




