第六十四章 テオドラム 1.上空二千メートル
テオドラムが動き出します。
俺の予想が正しければ、テオドラムは近いうちにイラストリアに対して軍事行動を起こす筈だ。それもピットをかすめるようなルートで。さもなければ、隣国にあるピットのモンスターにあれほどの関心を示すわけがない。計画していた火追いの狩りとやらも、挑発行動の一環だろう。
シュレクをダンジョン化した事で少しは時間を稼げたかもしれんが、逆に焦って早めに動き出す可能性もある。まぁ、シュレクのダンジョンを監視するために、最低でも二個小隊、多ければ一個中隊ぐらいは必要な筈だ。それだけの兵力を削ったという事でよしとするか。
とはいえ、やつらの動きを監視する傍ら――その任務はヴィンシュタット駐留組に任せている――こちらの迎撃体制も整える必要がある。偵察を兼ねた地形情報の収集が必要だ。
という事で、目下俺たちはクリスマスシティーに乗ってテオドラムの上空二千メートルを飛行している。撮影用の魔石を作動させて航空写真の撮影を行なっているわけだ。船底船腹の色は青空と同じ色になるようにして、地上からの視認性を下げている。更に認識阻害の魔術も併用しているから、気付かれる事は無い筈だ。
とは言え、テオドラム全域を調査している暇はない。今回調査しているのは、ピットの傍を進軍すると想定した場合のルート周辺だ。思ったのと違って荒れ地だな。テオドラムは農業国と聞いたが、こんな荒れ地もあるのか。独自の水源はないとか言っていたが、少し離れたところに川が流れているんだから、水路を引くのは無理じゃないと思うんだが……ひょっとして、イラストリアとの戦を想定して、行軍ルートの農地化を控えていたのか? それとも土壌に問題があるのか……場合によっては調べた方がいいか。
そんな事を考えていると、クリスマスシティーから警報が発せられた。
『提督、魔導レーダーに感。二時の方向二千メートルに高速飛翔体。こちらへ向かって来ます』
『クリスマスシティー、不明機はこちらに気付いていると思うか?』
『ノー、サー。そうは思いません。不明機の進路・速度、ともに変化ありません』
俺は少しの間考える。隠蔽と認識阻害で、かなり接近しない限りこちらの存在には気付かない筈。ならば……。
『クリスマスシティー、相対距離五百に接近したら教えてくれ』
『イエス、サー。七百……六百五十……六百……五百五十……今です』
その瞬間、俺は不明機の周辺に空間魔法で異空間を展開、目標の捕獲に成功した。飛竜に騎乗したテオドラム兵のようだ。即座に異空間内を酸欠環境にして兵士を殺す。飛竜はどうするかな……。
『ロムルス、レムス、飛竜というのはどういうモンスターだ? 性格とか知能とかだが……話の通じるやつらなのか?』
『クロウ様? ……唐突なお尋ねですが、野生のものと飼育下のものでは性質が違います。ご質問の飛竜はどちらですか?』
『ロムルスか。軍用だと思うが……違うというのはどういう事だ?』
『基本的にドラゴンの仲間なので、性質も若いドラゴンに似ています』
中二病か……要らんな。
『ただ、野生の個体は用心深く、それほど直情的ではないんですが、飼育下の個体は……その……』
『……馬鹿なのか?』
『……と言うより、単純で調教しやすい個体が淘汰されて残っていきますから。クロウ様からお教え戴いた言葉で形容するなら、「脳筋」と言うのが近いでしょうか』
『話の通じる相手じゃないと……』
『基本的には……』
一応確認のために覚醒させて会話を試みたんだが……コイツ、本能と反射だけで生きてるんじゃないのか? 敵意――食欲かもしれんが――を剥き出しにするばかりで話が通じる様子がなかったので、さっくりと始末した。
さて、兵士の屍体は何を教えてくれるかね。
・・・・・・・・
『ドラゴンの捜索ねぇ……』
『言われてみれば……』
『坑道から……出てきた……ドラゴンが……姿を……消していたら……』
『そりゃ、どこに行ったのか、気になりますよね~』
『で、こいつはグレゴーラムとかいう場所へ遠出しての帰りか……どこなんだ? そのグレゴーラムとやらは』
『ニルの町の東ですね』
『ここか……東南東二百キロってとこだな。で、そこの連隊長からの伝言というのが、「受け容れ準備は整った」というのは意味深だな』
『戦争のぉ、準備ですかぁ?』
『多分な。あまり時間の猶予はないかもしれん。早いとこ撮影を切り上げて戻った方がよさそうだ』




