第六十三章 ヴィンシュタット 5.名前
使用人の話題が一段落ついたところで、カイトが再びクロウに問いかける。
「そう言やご主人様、俺の名前って、どうなってます?」
それを聞いた全員がカイトの方向を向き、次いで互いに顔を見合わせ、最後にクロウの方を向いた。
「偽名という事か……」
「それもっスけど、俺、家名なんてありませんよ?」
カイトの言葉に全員が考え込む。
「確かに、生前の名前で動くのは拙いか……」
「一人二人ならともかく、こう揃っているとね……」
「でも、慣れない名前で呼ばれて反応が遅れると、不審に思われませんか?」
「カイトは訳アリってことで納得してもらえるとしても、俺たちはな……」
「ご主人様、あたしたちの立場って、どうなってるんですか?」
聞かれてクロウは正直に白状する。
「そこまで設定を練っている暇がなかったからな。考えてない。今ここで、皆の希望を聞いて決めるか?」
こうして急遽命名会議が開催される運びとなった。
「マナステラの金貨を持っているって事ぁ、カイトはマナステラの訳アリ貴族って事でいいんですかい?」
「そう……だな。この国はマナステラと交流が深いのか? そうでないならバレることもないだろうし……その線でいくか。本名は差し障りがあるから仮名を名告っている事にしておけば、多少の不自然さは誤魔化せるかもな」
「んじゃ、カイトは仮名がカイトって事でいいか」
「……ややこしいな。で、俺の家名はどうなるんです?」
「それこそ適当に……語呂の良さでお前が決めろ」
随分な無茶振りをすると思ったのはカイト以外の四名だが、意外にもカイトはあっさりと家名を決めた。
「んじゃ……カイト・オーガスティンで」
「……随分あっさりと決めちまったようだが、何か謂われがあんのか?」
「俺を可愛がってくれた婆ちゃんの名前がオーガスタだったんだ」
こいつ、婆ちゃんっ子だったのか、と意外に思う一同。
「まぁ、いいんじゃない。ありそうでなさそうな名前で、仮名っぽいしね」
「?」
マリアの説明によると、オーガスタ系の名前は、個人名としては多いのだが、そのせいか家名としてそう名告る事は却って考えにくいそうだ。なので、いかにも仮名ですよ感が溢れていていいだろうとの説明だった。
「問題は俺たちの名前か……」
「いっそ、全滅した勇者パーティの名前を名告っている、って設定は駄目か?」
ギルの提案に寸刻考え込む一同だったが……
「いや……さすがに目立つだろう。それは拙い」
「大体、死人の名前を騙るって、どういう心境よ?」
「それ以前に俺たちの場合、仮名を名告る必然性がないだろう」
「てゆうか、マリアさんは既にギルドで本名を名告っちゃってるんですよね?」
「あ~、そうね。今更変名は使えないわね」
「じゃぁ、俺たち三人だけだな」
三人の中で最初に名前を決めたのはギルだった。
「俺はバートでいいぜ。そう呼ばれていた頃もあったからな」
「じゃあ、僕はフレイで。以前に使った事のある名前なんで」
「残ったのは俺だけか……しかし、いざとなると思いつかんな」
「ダンカンはドンあたりでいいんじゃない?」
「元の名前に似過ぎてやしねぇか? カイトとマリアがそのまんまだし、もうちっと捻った方がよかぁねぇか?」
「それもそうね……」
「だが、あまり違う名前だと、自分の事だと判るかどうか自信がないぞ……」
「母音の並びをそのままにしておけば、意外と同じように聞こえるもんだぞ? 例えば……そうだな、ハンクなんてのはどうだ? あるいはヤンとか?」
ダンカンは暫くぶつぶつと呟いていたが、やがて顔を上げた。
「ハンクというのがよさそうです。お手数をおかけしました」
こうして、元・勇者パーティの新しい身分が決まった、と思っていたのだが……。
「あ、冒険者ギルドのカード、使えなくなりますよね」
「……ていうか、本当なら死亡と記載されている筈よね、あたしのカード……」
「あぁ、マリアのカードは少し手を加えて偽装したからな。皆のカードもそうするか? それとも、新しい名前でカードを作るか?」
「……どう違うんで?」
「古いカードをそのままにしておけば、奇跡の生還という手が使えるな」
ダンジョンマスターって凄いな~と思いつつ、男性三人の声が重なる。
「「「……新しいカードで」」お願いします」
「解った。三人の分は新しいカードを作っておく。マナステラで登録した冒険者という事にするが、マナステラでカードを使ったら、名簿に載ってないのが一発でばれるから気をつけろよ?」
「「「はい!」」」




