第六十三章 ヴィンシュタット 4.使用人
「使用人の件だが」
ネズミとコウモリのためのダンジョン――巣穴と通路をダンジョン化した程度の慎ましやかなもの――を準備し終えると、クロウは徐にアンデッドたちに向かって言った。
「そちらでは何か手を打ったか?」
「いえ、こちらの一存で動くのはどうかと思いましたし、それに何より……」
「近所の連中が近寄って来ねぇんですよ。遠巻きにして見るばっかりで」
「やっぱりか……そんな事じゃないかと思ったから、こちらで手配しておいた」
そう言うと、クロウはゲートを開いたダンジョン――どう見ても木箱だが――を通して使用人らしく見える二人を連れ出した。皮膚も髪の色も薄く、五人組にはすぐに自分たちの同類だと判った。
「アンデッド……ですよね?」
「今更普通の人間を連れて来ると思っていたわけじゃあるまい?」
壮年の男性と中年の女性がペコリと頭を下げた。見た感じ、冒険者にも兵士にも見えない。ピットにいたアンデッドではないようだ。
「……初対面に思えますが?」
「別にこのために調達したわけじゃないから安心しろ、ダンカン。彼らは シュレクの鉱毒の犠牲者、百年ほど前にシュレクにやって来た開拓民だ」
納得したのと腑に落ちないといった表情が半々の面々を見て、クロウが説明を続ける。
「確かに怨霊はそこら中にいたがな、皆王国に対する敵意が激しすぎて、そのままアンデッドとして授肉したら何をするか不安だったんだよ。こちらさんたちは特に王国に含むところがあった訳じゃないからな……少なくとも死ぬまでは」
「……何か訳ありなんスか?」
「百年の間に墓の位置が判らなくなっていたのかもしれんがな、連中、採掘の時に墓を暴いたらしく、遺骨が捨石捨て場に放り投げてあった」
「うわあ……」
「遺骨の損傷も酷くてな、何とか復元できたこの二人を雇用したわけだ。パウルは庭仕事、アンナは料理番をやってくれる」
クロウが紹介すると、二人は代わる代わる頭を下げて挨拶した。余談だが、パウルという名前にはラテン語で――この世界にラテン語があるのかどうか判らないが――「小柄な」という意味がある。しかし、庭師の男はがっしりとした体格で、生前壁役を務めていたダンカンと並んでも遜色ない体つきをしていた。ちなみにアンナはヘブライ語の――この世界に、以下略――「神の恩寵」に由来する。
二人を見ながら恐る恐ると言った感じで治癒術師のフリンが質問する。
「あの……ご主人様、アンデッドの作成って、そんなに大変なんですか?」
「ん? あぁ、フリンは治癒術師だったな。そっちの視点で興味があるか。いや、ただ動くだけの屍体ならそうでもないんだが、お前たちのように自律的に判断して行動できるアンデッドとなると、結構手間がかかるんだ」
なぜか得意気な様子を見せたカイトを横目で見ながら、クロウは説明を続ける。
「今度の場合、まず霊体が地縛霊として残っていなきゃ話にならん。それも会話が通じる程度の知性が残っているのが条件だ。次に、その霊体に対応する遺骨を見つけなきゃならん。あそこでは数体分の遺骨が散乱していたから選び出すのも大変でな。最後に、遺骨を正しく組み立てなきゃならん。少なくとも八割以上揃ってないと、動きがギクシャクしてくるんでな」
クロウはふと遠い目をしてスケルトンドラゴンを復活させた時の事を思い出す。うっかり骨の幾つかを素材として消費していたから、欠落した部分を新たに作るのに大変な苦労をしたのだ。大きさが違うとスムーズに動けないと苦情が来るし……重さが違っていてバランスがおかしいと言われた時には頭を抱えたものだ。
「……まぁ、そういったわけで、結構手間がかかったんだ。間違いなく一体分の骨で組み上げないと、最悪二人分の霊体が混じったり、身体の形が左右で違ったりするしな」
「うわあ……」
思いっきり引いた様子のフリンであったが、後方で聞いていた四人――と、新顔の二人――も同様らしく、改めて自分たちの身体を確かめたりしている。
「貴族の御曹子一人に対して、護衛兼お目付四人と使用人二人というのはバランス的におかしいが、しばらくこれで凌いでくれ。追加の人員は、何とか……頑張ってみる……」
尻すぼみに弱々しい声になったクロウに対して、さすがに申し訳ないと思ったのか、カイトたちも恐縮している。そんな中、雰囲気を変えようとしたのか、フリンが別方向に話を振る。
「ま、まぁ、お目付の人数が多いのは、それだけカイトさんが訳ありなんだって、近所の人たちも思ってくれますよ」
「発作的に凶暴になるとかか?」
「キ○ガイに刃物ってやつ?」
「お前ら……」
それを見ていたクロウが、そう言えばという様子で割り込んだ。
「カイトと刃物で思い出したんだが……」
「ご主人……」
「いや、そっちじゃなくてな……お前の剣、教主に貰った時のままだろう? 目立つんじゃないかと思ってな」
言われてカイトもそう言えばという感じで自分の愛剣に目を遣る。
「……替えた方がいいスかね?」
「拵えだけ変えれば大丈夫だろう。貸してみろ」
カイトの剣を手に取ると、クロウは錬金術のスキルを使って鞘の色と模様を変えていく。ついでに柄頭の装飾を別の物に変えると、それまで成金っぽかった剣は、貴族に代々伝わる家宝のような風格を示すようになった。
「へえぇ……変われば変わるもんだな」
「ちょっと同じものとは思えないな」
「これなら大貴族の愛剣と言っても通りそうね」
「ま、所詮はやっつけ仕事だが、これならヤルタ教徒の目も誤魔化せるだろう。大っぴらに持ち歩けるぞ」
クロウにそう言われてカイトは嬉しそうに愛剣を撫でていたが、ふと何かを思いついたように顔を上げる。
「そう言やご主人様、使用人って奴隷じゃ駄目ですかね?」
「奴隷?」
「奴隷なら奴隷契約ってもんがあって、余計な事は喋らねぇですし、この国って亜人の奴隷を集めているって言ってませんでした?」
思いもかけないカイトからの提案にクロウは目を丸くするが、しばしの熟考の後にカイトの意見を採用する。
「いい提案だ。もし亜人の奴隷を目にしたら、可能な限り引き取るように。資金は追加で持ってきたが、必要なら更に準備する」
カイトたちに新たな任務が下された。




