第六十三章 ヴィンシュタット 3.「ダンジョン」
「じゃ、じゃあ、確かにお届けしましたんで――」
「はい、ご苦労様でした」
失礼しますという声もそこそこに、酒瓶の詰まった「木箱」を運んできた業者はそそくさと立ち去っていく。
「随分腰が引けてたな……」
「幽霊屋敷の評判って消えないもんですねぇ……」
玄関の床に無造作に置かれた「木箱」を見ながら、ダンカンとフリンが言葉を交わす。屋敷の中に運び込むのは、業者が断固として拒否――というか泣きそうになって哀願――したのである。
「断固って言うより、必死って感じでしたけどね」
「あんだけ怯えられた日にゃ、ここに住んでる身としちゃ複雑だよな……」
「そんな事より、酒だろ、酒!」
「こらっ、カイト、『木箱』を地下室に運ぶのが先でしょ」
「あぁ? だってよ、酒瓶が詰まってちゃ重くて運べねぇだろうが。運びやすいように軽くしてやってんだぜ?」
「まぁ……一理あるか……」
「またそんな事……ワインの貯蔵には地下室が最適なんだから」
「大丈夫! 貯蔵する前に呑んじまうから!」
「どこが大丈夫なのよ!」
「掛け合い漫才はそのくらいにして運び込むぞ。カイト、半分は地下に運ぶから、さっさと手伝え。飲むのは後にしろ」
ダンカンの鶴の一声で、酒瓶の半分ほどが「木箱」もろとも地下室に運び込まれる。
「よぉ、マリア、この酒むき出しのままほっといていいのか?」
「後にワイン棚があるでしょ? そこに寝かせといてくれる?」
「あ~、コイツか」
「……なぁ、ダンカン、この木箱だが……どっちを向けて置けばいいんだ? 上向きか? それとも横置きか?」
言われてダンカンは一瞬考え込む。
「……上向きに置こう。横置きにすると頭がつっかえそうだ」
・・・・・・・・
「ほう? これが噂の幽霊屋敷か」
魔道具による連絡を受けてさっそく「幽霊屋敷」の地下室――の木箱――に転移したクロウが、感銘を受けたように周囲を見回す。……膝から下が粗末な木箱に入っているのが、今ひとつ威厳を損ねているが。そのクロウの周囲には、あたり一面を埋め尽くす勢いでガラスの管やら陶器の皿やらが並んでいる。
「特に悪霊の気配は感じないが……それよりこれは、魔術に凝っていた貴族とやらの遺品か? それとも動物実験に明け暮れていた医者の持ち物か?」
「両方のようですね」
「ふむ……これだけ揃っていれば、何かの役に立つかもしれんな。ま、それは後にしよう。まずこれを渡しておく」
クロウは懐から五枚の羊皮紙を取り出すと、アンデッドたちに一枚ずつ渡した。
「携帯用のダンジョンゲートだ。使い捨てではないから何度でも使えるが、通じている先は『ピット』だから間違えるな。この携帯ゲートを使って『ピット』に来た場合、携帯ゲートは元の場所に残されたままになるから注意しろよ」
アンデッドたちは興味津々という様子で携帯ゲートを眺めている。
「これを戴けるという事は……この屋敷はダンジョン化しないという事ですか?」
「少なくとも今のところは、ごく一部だけをダンジョン化するに留めるつもりだ。買ったばかりなのにダンジョンとばれては元も子もないからな」
「……一部というのはどこか、お聞きしても?」
「あぁ、こいつらの巣穴だ」
そう言いながらクロウは数頭のケイブラットとケイブバットを呼び込んだ。
「こいつらには首都内、特に王城の様子を探ってもらうつもりだからな。安全を図るために、巣穴と通路をダンジョン化しておく」
「ネズミとコウモリのためのダンジョンですか……」
「魔力が漏れるのは最小限にしたいからな」




