第六十三章 ヴィンシュタット 2.家具
「姿見はともかくとして、家具は何を買えばいいんだ?」
「一応全部揃ってんだろう? このままでよかぁねぇか?」
「いや、血痕が付いたのはさすがに駄目だろう」
「マリアの魔術で落ちるんじゃねぇか?」
「絨毯なんかはボロボロですから、これは買わないと駄目でしょうね」
額を集めて相談する男たちを見たマリアが、溜息を吐いて宣言する。
「全部買い替えるに決まってるでしょう?」
そう言うと、四名の男たちはギョッとしたように振り返る。
「まてまて、確かにご主人様からは大金をお預かりしたが、無駄遣いはできん」
「ダンカン……あなた、それに皆も、貴族ってものが解ってないわね。見栄で生きてるような貴族が、お古の家具なんか使うわけないでしょ。総取っ替えに決まってるわよ」
「あの……でも、マリアさん。実家から放逐されたか亡命してきたか、いずれにせよ訳ありの設定なんですよね。だったら無駄遣いは控えるんじゃ……」
「それでも無駄遣いするのが貴族なの! 第一、カイトが若様なら、そんな事は気にもしないわ。きっと買い替えろって騒いで、あたしたちを振り回すわよ」
妙な説得力――と迫力――のあるマリアの意見に押し切られそうになって、結局クロウの裁可を仰ごうという事になった。
『なるほど……マリア、貴族の内情に詳しいようだが、ひょっとして?』
「はい。実家が田舎の准男爵でした」
初めて聞くマリアの出自に驚きを隠せないパーティーメンバー。
『なら丁度いい。貴族としての振る舞いについては、基本的にマリアが采配を振れ。それから家具調度の件だが……発送した荷物が着くまでは、渡した資金で遣り繰りしてくれ。買い替える調度品は、人目につく場所を優先しろ。それから……打ち合わせていなかったが、食事についてはどうするつもりだ?』
クロウからの指摘に虚を衝かれた五名。アンデッドとなってからは食事の必要が無くなったため、完全に失念していた。
「……考えていませんでした。料理人を雇うべきでしょうか」
『もしくは、後続で来るという事にしておくか。……この件はこっちでも考えてみる。当座は外食か自炊で誤魔化せ。人間同様に食事をする事を忘れるな』
「承知しました。ご指摘ありがとうございました」
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「食事と使用人の事は、完全に頭から抜けてたわね……」
「いや……それもだが……」
「マリア、お前って、貴族のお嬢様だったのか?」
「ま、ね。昔の話よ」
ばっさりと質問を切り捨てて、この件はここまでだと暗に宣言するマリア。もとより過去は問わないのが冒険者の仁義である。
「……とは言え、こういう任務に携わる以上、知識がある事ぐらいは教えておいて欲しかったぞ」
「それについてはご免なさいね。本当は黙ってるつもりだったんだけど、皆があまりにも貴族に無知だったから……」
「まぁ、その話は終わった事として、だ。最初に買い替える必要がある家具をピックアップしておこうぜ。後で町に出て、懐具合と相談すりゃいい」
「そうね。まずは絨毯、椅子、食卓、衣類、カーテン……ひょっとして食器って全然残ってないんじゃない? 燭台も必要ね。それから……」
マリアの采配の下、家具の購入計画が進められていく。




