第六十二章 テオドラム 5.テオドラム王城
「……では、ドラゴンの痕跡は、今に至るまで確認されていないのだな?」
「はい。ダンジョンの瘴気が見せた集団幻覚とも考えられますが……再びダンジョン内に引き籠もったと考えるのが無難でしょう」
「あの鉄鉱山を取り戻すのは困難という事か……」
「内部に引き籠もっているであろうドラゴンを別にしても、大量のゴーストとモンスターがひしめいているようです。加えて鉱山の周囲には毒気と瘴気が分厚く立ち籠めており、接近するのも困難です。既に斥候隊の何人かが、毒にやられて命を落としました」
「冒険者どもは使えぬか?」
「冒険者だって鉄人じゃありません。毒に中れば死ぬんです。この状況で依頼を出しても、受ける者はいないでしょう」
「傀儡どもを送り込んでも駄目か?」
「獣人の傀儡は、身体能力は人間を上回っていますが、毒への耐性は人間と似たようなものです。エルフの傀儡は数が揃っていませんし、瘴気の中では力を十全に発揮できません。小人数を送り込んだところで、モンスターに集られてお終いでしょう」
「鉄鉱山は諦めるしかないか……」
「既に十年も採掘できたんですから、充分と言えば充分です。我が軍の全ての兵士に、自国産の装備を与える事ができたのですから」
眉間に皺を寄せて報告書を睨んでいた国王であったが、顰め面をしていても事態は好転しないと思い直したのか、吹っ切ったように顔を上げる。
「それにしても……ダンジョンとはあのように突然発生するものなのか?」
「それについては自分も不思議に思いましたので、冒険者ギルドに問い合わせてみました。結論としては、あり得るそうです。魔素の滞留した場所でダンジョンシードが発芽・成長してダンジョンになるそうですが、密かに成長したダンジョンが突然姿を現すケースもあるとか。あの鉱山では事故死した者が多く出ましたから、魔素なり瘴気なりが大量に溜まっていて、それがダンジョンを急激に成長させたのだろうとの事でした」
「ゴーストが湧いたそうだな」
「尋常な数ではなかったそうです」
「そやつらが……例えば首都まで侵攻してくる可能性はどれだけある?」
「これも冒険者ギルドの見解ですが……まずゴーストは土地に縛られる事が多いため、シュレクを離れる可能性は低いだろうと。次にモンスターですが、確認されたモンスターのほとんどが毒持ちか毒耐性持ちな事を考えると、あの毒ダンジョンを離れる可能性はやはり低いだろうとの事でした」
「……不幸中の幸いか。スタンピードの可能性は?」
「できたばかりのダンジョンではまず起きないだろうと」
「ならば当面は監視を続けるしかないか……いや」
説明を聞いた国王は意気銷沈したように項垂れていたが、思い直したようにすぐ顔を上げる。その眼は何かを決意したような底光りを放っていた。
「……ダンジョンが悪さをしない今のうちが好機かもしれん」
「それでは?」
「ああ、近いうちに『回復』計画を発動する。準備をしておけ」
そう言った後で国王は薄く嗤って付け加えた。
「ああ、ドラゴン出現の件は、近隣諸国にも通達しておけ」
「は?」
「ダンジョンおよびドラゴン討伐のために軍を移動させる事があるかもしれないが、心配はご無用、とな」




