挿 話 秋刀魚(さんま)
日本時間で九月上旬の話になります。
「あぁ、もうそんな時期か」
近所のスーパーに食料品を仕入れに行くと、鮮魚売り場に秋刀魚が並んでいた。九月~十月という短い期間しか出回らない魚だ。平均的庶民の俺としては、秋刀魚が鮮魚売り場に並んでいるのを見ると、秋の到来がひしひしと実感できる。
七輪で焼いた秋刀魚はそのまま食べても美味いし、大根おろしと醤油を添えても、酸橘を搾ってかけても美味い。一度産地で水揚げしたばかりの秋刀魚の刺身を食べた事があったが、あれもまた美味かった。異世界じゃ海産物がほとんど手に入らないし、日本の店が頼りなんだよな。
出盛りと言うには少し早いかもしれないが、目にした以上素通りはできない。大根はまだ買い置きがあったはずだ。酸橘か、それともかぼすがあれば買って帰るか。
秋刀魚は七輪というのが俺の持論だ。と、言うか、ガスの火で焼くとどうしても水っぽくなる。ガスが燃焼する時に化学反応で水が発生するからな。ガスは便利ではあるんだが、焼き物には少しなぁ……。
さて、何尾買って帰るかというところで少し考える。俺一人なら二尾もあればいんだが……従魔連中の事があるしなぁ……。キーンなんか明らかに体格以上に食べてるし、ライもその点では負けてないしな。洞窟組とクレヴァス組で四尾あれば大丈夫だと思うが……ま、秋刀魚の旬はもう少し続くし、足りなきゃ追加で買えばいいか。とりあえず六尾あれば大丈夫だろう。
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翌日、秋刀魚六尾と大根、ポン酢と醤油、塩、庖丁にまな板、そして七輪と炭を抱えて――と言いたいが、実際には携帯ダンジョンゲートを使った。嵩張るし――洞窟へ出勤。皆に秋刀魚の塩焼きを振る舞うと言うと歓声が上がる。クレヴァスに連絡して皆を集めてもらい、洞窟組を連れて転移する。
『クロウ様、本日はまた異世界の珍味を御馳走して戴けるそうで、皆楽しみにしております』
『あぁ、珍味って言うか、俺の故郷じゃ代表的な秋の味覚でな……そう言えばレブ、お前って物を食べられたっけな?』
『味わう……というのとは少し違いますが、含まれている魔素や魔力の違いを感じ取る事はできます』
マジか……気にしてなかったわ。……って事は、ロムルスとレムスにも差し入れてやらんと駄目だな。日を改めて持って行こう。
『あの……クロウ様。私の事はお気遣いいりませんので……』
いやいや、そういうわけにはいかんだろう。
話ながら秋刀魚に振り塩をして、二十~三十分おいておく。浸透圧を利用して秋刀魚の身から水を抜くわけだ。待ち時間を利用して七輪に炭を熾しておく。大根をすりおろし終えたら秋刀魚から滲み出た水分と余分な塩を洗い流して、いよいよ炭火焼きだ。火加減に注意して焼いてゆき、焼き上がった分から順次供していく。あぁ、食べやすいように身をほぐしてやらなくちゃな。塩味はついているが、お好みで大根おろしやポン酢――酸橘を絞るのは無理そうだからポン酢を小皿に分けておいた――をつけてたべるように。
『魚って初めて食べたけど……』
『美味しいです~』
『脂が乗ってて……』
『美味♪』
わいわいと賑わしい。気に入ってもらえたようでなによりだ。
『マスター、コレって、どこの魚なんですか』
どこって……どこだろう……。
『俺の世界で広い海を泳ぎ回っている魚でな、一年のうちこの季節だけ俺の国の近くにやって来るんだ』
『ほほぅ、この季節にしか食べられない魚でございますか』
『凄いですぅ~』
いや……それほど貴重なものではないんだけどね。
『これは……内臓……ですか……少し……苦みが……あるけど……癖に……なりそうな……』
『おおっ、通だな、ハイファ。それはワタと言ってな、秋刀魚の醍醐味の一つなんだ』
『どこですかっ!?』
いや、キーン、そう必死にならなくてもな……。
何だかんだで六尾の秋刀魚は綺麗さっぱり無くなった。骨はスライムたちが処分してくれるそうだ。キーン、羨ましそうな目で見ているが、お前、骨まで食べる気なのか?
俺が食べた量は多くないが、まぁ、俺はいつでも食べられるしね。ロムルスとレムスにもお裾分けしなくちゃならんし、二、三日したらまた買いに行こう。
明日は本編、テオドラムでの話になります。




