第六十一章 エルギン 7.王都イラストリア
半ば予想できた事とはいえ、その報告を受けたイラストリア王国軍第一大隊の二人は控えめに言って困惑した。正確に言えば、ローバー将軍などは悪し様に罵った。こういう風に……
「糞っ垂れめ! これでエルギンを嗅ぎ廻るのが難しくなった!」
「隣国とはいえ亜人との不協和がもとで取り潰された公爵家の遺児というのは、ある意味爆弾みたいなものですからね。エルギンの亜人たちが気付いているかどうかは判りませんが、下手につつき回ると彼らを刺激する恐れがあります。ヴァザーリの一件以来、人間と亜人の関係は微妙になっていますから、余計な火種を持ち込むのは拙いです」
「これでエルギンにゃ手出しができなくなった……。Ⅹの足跡を辿るってぇなぁお手上げか」
「できるのは精々、誰かを貼り付けておいて不審者の出入りを見張らせるくらいでしょうが……」
「やった日にゃ間違いなくⅩに気付かれるわな」
「でしょうね……残念ながら、諦めるしかなさそうです」
「ま、冒険者ギルドの悪友にゃ、今後も気をつけてくれるよう頼んでおく」
・・・・・・・・
すっかりお馴染みとなった国王執務室で、第一大隊の二人は事の顛末を国王と宰相に話していた。
「ふぅむ……Ⅹの行動半径のぅ……」
「迂闊にも考えつきませんでしたな。ノーランドとヴァザーリの存在に目を奪われておりました……」
「あくまで現時点での模索に過ぎません。必要以上にお気に止められませぬよう」
「無論承知しておるが……しかし、惜しいのぅ」
「彼の遺児が匿われているエルギンとは……二人の言うとおり、うかつに探るのは二重の意味で好ましくありませぬ」
「よもやとは思うが……Ⅹはそこまで見越しておったわけではあるまいな? また、ホルベック卿とⅩに繋がりがあるとか?」
「前者については、それは無いかと。モロー、シルヴァ、バレンのいずれもヴァザーリの奴隷解放戦以前に起きた事です。また、彼の者がエルギンに匿われているのも、恐らくはホルベック卿の存在が大きいでしょう。しかし……」
ここでウォーレン卿は居心地悪げに言葉を切った。
「後者に関しては何とも言えません。亜人融和派のホルベック卿であればⅩと繋がりを持つとしても、心情的にはおかしくはありません」
「だが、心情的にどうこうってだけじゃ、クロとするにゃ足りねぇぞ。それを言うなら儂だって、ヤルタ教のクソ坊主にゃむかついてんだ」
「ならば余も容疑者の頭数に入りそうじゃな」
「はい。それだけなら疑う理由にはなりません。最大の疑問点は、何者がどうやって彼の少年をエルギンまで運んだのでしょうか?」
予想外の質問であったのか、三人は答えに窮する。
「どうやって……って、人目を避けて普通に運んだんじゃねぇのか?」
「ヴァザーリで消息を絶ってからエルギンで発見されるまで、それなりに念を入れた捜索が続けられた筈です。なのにその足取りが全く掴めていません」
「ヴァザーリでは亜人たちの手によって連れ去られたのであろう? ならば同じように亜人たちの手によってエルギンへ連れてこられたのではないのか?」
「なぜです? エルギンへ運ばれたという事は、運んだ者は彼の少年の素性を知っていたと考えられます。亜人たちは少年の素性を知っていたのでしょうか? 知っていたとすれば、それはどの時点で知ったのでしょうか? 攫った後で素性を知り、その上で少年の身柄をエルギンへ運んだとするならば、亜人たちはクリーヴァー公爵家の者に隔意を持たぬという事になり、マナステラ側の話とは矛盾します」
「……だがよ、ウォーレン、ホルベック卿が親しい亜人に頼んで、あの坊主を捜していたって事も考えられるんじゃねぇか?」
「ええ。だからこそ判断ができないんです。ただ……少なくとも亜人たちかⅩのどちらかが、ホルベック卿と何らかの繋がりを持っている可能性は無視できません」
ウォーレン卿の言葉に三人が考え込む。
「見たところホルベック卿に王国に対する二心があるようには見えませぬが……」
「その点は余も同感じゃな。あれは王国に叛意を抱くような者ではない」
「ええ。その点は自分も心配してはいません。卿が何か企んでいれば、目敏い冒険者たちが見逃すとは思えませんから」
「じゃあ、何が言いてぇんだ? ウォーレン」
「Ⅹとエルギンを結ぶかもしれない足跡が一つ増えたという事です。尤も……」
ウォーレン卿は言葉を切って三人を見回す。
「案外Ⅹは、迷子を親元へ送り届けるくらいの軽い気持ちで、少年をエルギンに運んだのかも知れませんが」
最後に述べたウォーレン卿の意見は、間違いなく正鵠を射抜いていた。
明日は挿話になります。




