第六十一章 エルギン 5.エルギン~宿屋にて~
「で、どうだ、モンク。描けそうか?」
「やってみます」
宿の部屋の中で、モンクは記憶した映像を正確に紙の上に写し取っていく。正確な観察力、地球世界ならカメラ並みと評されそうな記憶力、そして熟練の画力、この三つの能力に長けたモンクならではの特技であった。正面像、横顔、後ろ姿と次々に再現される画像に、ダールもクルシャンクも声も無い。いずれもマロウと呼ばれた少年の特徴を遺漏なく捉えている。
「大したもんだ……」
「モンク、神官の方も再現できるか? 一応、念のためだ」
「できると思います」
神官の姿絵も同じようにして描かれていく。
「よし。任務を達成した以上、できるだけ早くここを発ちたい」
「今日明日ってぇのは悪目立ちしねぇか? 一応は商用って事になってるんだし。誰にも会わない、何処にも寄らない、何にも買わない、ってなぁ拙いだろう」
「……それもそうだな。しかし、俺は商人としてどう振る舞うべきなのかなぞ解らんぞ?」
「……んな事ぁ、俺だって知んねぇぞ?」
思わぬ陥穽に途方に暮れた二人であったが、ここで救いの手が差し伸べられる。
「あの……自分の父親が小商いをしていたので、少しは判ります」
「そうかっ! ……よし、明日からお前は商家の若旦那。俺たち二人はその護衛だ。いいな、クルシャンク」
「ま、妥当な線だろうな」
「っ!? そ、そんな、自分には無理です!」
「や・る・ん・だ」
「任・務・だ・ぞ?」
「……はぃぃ」
力なく項垂れたモンクの心中など忖度せずに、ダールはモンクに問いかける。
「で? こういう場合商人は何をすべきなんだ?」
「ええと……こういう場合というか、自分たちはどういう設定なんですか?」
言われて二人は考え込む。そこまでの設定は考えていなかったのだ。
「……考えてみりゃあ、手ぶらで商用ってのがそもそもおかしいか?」
「いや……商談とか下見とかの場合もあるだろうから、一概にそうとばかりは言えんだろうが……整合性のある説明は必要だな」
かくて一同にわか協議の結果、王都からエルギンに支店を出すかどうかの下見に来た、ついでに何か商売の種がないか探している、という事にした。
「……で、俺たちゃ何を商ってんだ?」
「父親は乾物屋でしたが……」
「王都からエルギンへ干物の出店か?」
「高級品って事にすりゃあいいんじゃねぇか?」
「……高級な干物って何だ?」
「何って……何かあるんじゃねぇのか?」
「お前、知りもせん事を言い出したのか?」
「そういうなぁ若旦那の役目だろうが。しがねぇ護衛に聞くんじゃねぇよ」
「モン……若旦那、知ってるか?」
「いえ……済みません、不勉強で」
結局、当初の設定を若干修正して、エルギンで売り買いされている食品の市場調査のためにやって来たという事になった。これなら手ぶらで来ても、特に誰かに会わなくても、不審に思われる事はない筈である。
「何か……言い訳を考えただけで疲れたぜ……」
「ぼやくな。明日からは市場を見て回るぞ」
「へいへい。面白そうな食いもんがあったら、買っちまっていいよな?」
「……多少なら偽装行動の範囲内だろう。多少なら、な」




