第六十一章 エルギン 4.エルギン~礼拝所にて~
本作に腐展開はありません。
「おい、礼拝所ってなぁ、こっちの方角でいいのか?」
「酒場で教えてもらった場所が正しければな……あれじゃないか?」
すっかりお馴染みとなったダールとクルシャンクの二人は、簡単な変装をした上でエルギンに来ていた。ちなみに今回は二人組ではなく、モンクという名の兵卒が一緒である。今回の任務に当たって問題の神官見習いの似顔絵を描いてこいとの要請に、二人が揃って実行不能を申し立てたためである。ローバー将軍とウォーレン卿は、先日の雑談以来、スケッチを斥候兵にとって重要な技能の一つとして認識していたため、人選は速かった。斯くいった次第で、画才に秀でたモンク兵卒が同行する次第と相成ったわけである。
「結構人が出入りしてやがんな」
「亜人も多い……じっくりこっそり観察というのは無理だな」
「んじゃ、第二案でいくか。モンク、目ん玉おっ広げて観察しとけよ」
三人組は澄ました顔で――モンク兵卒は少しばかり不安げに――礼拝所へ赴き、中へ入ると神官らしき男に幾ばくかの喜捨を申し出た。
「信者の方ですか?」
「いえ、申し訳ないがそうではありません。商用でこの町へやって来たのですが、偶々ここに礼拝所があるのをお見かけして、無事に着く事ができたお礼と帰路の安全をお祈りしようかと思いまして」
「不謹慎っちゃあ不謹慎かもしんねぇですが、出先でお見かけした神さんにゃあ、一通りご挨拶する事にしてますんで」
「なるほど。そういった方もよくいらっしゃいますよ。ミルド神様は寛容な方でいらしゃいます。誠意をもってお祈りする方がご機嫌を損ねる事はございません」
誠意という単語に僅かばかりのアクセントを置いて、若い神官が説明する。敏感にその意を察したダールは、喜捨の額を多めにしようと決意する。ちなみに、任務中の金銭管理をダールが担当しているのは、クルシャンクの金遣いが今一つ信用できない――本人もこれは認めている――ためである。何しろ、以前にクルシャンクが財布を握った時には、初日の晩に酒場で資金の半分以上を使い果たした事すらあったのだ。まぁ、その一晩で充分な聞き込みができたのだが、空きっ腹を抱えて残りの日程を歩く羽目になったダールは、金輪際クルシャンクに金の番はさせないと宣言したのである。
些少ですがとダールが差し出した喜捨を一礼して受け取ると、若い神官は部屋の片隅で掃除をしていた少年に声をかける。
「マロウ、こちらの方々をご案内して」
マロウと呼ばれた少年は、ペコリと一礼して三人を祭壇の方へ案内する。まだ幼さの残る顔つき、華奢な骨格、サラサラの髪、少しばかりおどおどとした態度、なるほど一部の女性たちが観賞用にと目を付けるだけの事はあった。三人は気取られないように、しかししっかりと、少年の人相風体を目に焼き付ける。
ミルド神への礼拝――ダールは任務完了のお礼も――済ませて、若い神官に再度挨拶をする。
「どうもお世話をおかけしました」
「いえ、誰であれ神にお縋りしたくなる時はございます。そんな時そんな人たちのために礼拝所があるのですから」
「この町を出る時にはまたお伺いするかもしれませんが、よろしいでしょうか?」
「構いませんとも」
「それでは、失礼します」
抜かりなく再訪の伏線を張って、三人は礼拝所を出る。この時、迂闊にも三人は幾つかの目が自分たちに注がれているのに気づかなかった。いや……
「どうした? クルシャンク」
「いや……何かこう、妙な悪寒がしてな」
「……実は自分もさっきから少しばかり。風邪でしょうか?」
「二人ともか? 俺は何ともないぞ?」
「ナントカは風邪を引かないってぇからな」
「……夏風邪はナントカが引くとも言うぞ?」
・・・・・・・・
「……見た?」
「勿論見たわよ」
「三人とも熱心にマロウ君を見つめてたよねぇ~」
「マロウ君、可愛いからね~♪」
「で、で、どれが本命だと思う?」
「チョイ悪そうな人が絵になるんじゃない?」
「真面目そうな背の高い人はどう? ああいうのが却って激しいかもよ」
「ちょっと頼りない風の子もいいんじゃない? 一番熱心にマロウ君を見つめていたし」
……冒険者ギルドで噂されていた一部の職員の女性たちが、ダールたちが聞いたら卒倒しかねない会話に興じていた。自分たちの偵察行動が途方もなく斜め上の解釈をされているとは――幸いにして――最後まで気がつかずに……そして、礼拝所再訪の暁には、一部の特殊趣味の女性たちに更なる燃料を投下する事になるとは予想もせずに、噂の三人は礼拝所を離れて行った。




