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第六十章 王都イラストリア 3.ヤルタ教中央教会

 中央教会の一室で腹心からの報告を受けているのは、ヤルタ教教主ボッカ一世である。



「ふむ……ヴァザーリはもう駄目かの」

「残念ながら……教会を訪れる信者の数も以前に較べて格段に減っております」

「あの学院長の講演は予想外であったな。(わし)の読みが甘かったわ」

「いえ、学院長があれほどの愚か者であったなど誰に判りましょう。人間と亜人が手を取り合っていたなどと……」

「ふむ……その件に関しては、あながち学院長の言う事も間違いではないかもしれぬ」

「猊下!?」

「まあ聞くがよい。()の学院長が申すには、かつてのエルフは今のエルフとは違って覇気というものがあったそうな。森を離れて荒野に向かったのがその(あかし)だと……。(わし)はな、人間のように大きな国家をつくれぬエルフは、人間による善導を受けて(しか)るべきだというヤルタ主神様の教えを疑った事は無い。なるほど、かつてのエルフは学院長の言うとおり覇気を持ち、人間と対等の立場にあったかもしれぬ。しかし、今のエルフはとてもそうとは思えぬ。この千年の間に何かがあってエルフたちが神の恩寵を失ったのならば、その恩寵を取り戻す手助けをしてやるのが、我ら恩寵を受けし者の務めではないかと思うてな」



 さすがに教主は只者ではなかった。学院長の講演内容を咀嚼(そしゃく)した上で、教団の教義に矛盾しないよう再解釈する事に成功していた。新たな道標(みちしるべ)を示された腹心の男は、感激の色を隠す事もなく教主を見つめている。



(ふむ……この解釈はどうやら受け入れられそうじゃな)


「しかし、ヴァザーリの状況がそのようなものでは、教えを広めるのも一朝一夕にとはゆかんな。町そのものも(さび)れておるとか?」

「はい。かつての賑わいが嘘のように」

「ま、バトラの使徒に狙われると解っていてヴァザーリを訪れる奴隷商人もおるまいが……他の商人も減っておるのじゃな?」

「はい、それはもう見事なほどに」

「ふぅむ……して、ヴァザーリに代わって新たに商人の受け皿となっておるのはどこの町じゃ?」

「サウランド、それに一部はリーロットにも」

「サウランド……そちらが本命か?」

「はい。信用を失ったテオドラムの商人に代わってマーカスとの小麦取引が増えておりますので、マーカスとの交易の窓口であるサウランドに商人が集まっております」

「その話を詳しく。テオドラムがどうしたとな?」



 腹心の男は、テオドラムの小麦粉が信用を失うに至った経緯(いきさつ)について、知る限りの事を報告する。



「ふぅむ……テオドラムがのぅ……。()の国へ(おもむ)いておる者たちにも注意を喚起しておく方がよいじゃろうな」

「手配しておきましょう。まったく、あの国はろくな事はいたしません」

「その口ぶりでは他にも何ぞありそうじゃな?」



 腹心の男は、今度は砒素汚染の一件について教主に報告する。



「その()(そう)とやらの毒を防ぐか解毒する、少なくとも毒の存在を察知する手だてはあるのか?」

「それが……検出する方法はあるそうなのですが、手早くできる方法ではないようでして……」



 砒素を検出する方法としては、亜鉛と希硫酸を用いて砒素鏡を作る、所謂(いわゆる)マーシュ・テストが有名である。簡単な方法と言われてはいるが、それでもガラス器具やらランプやらが必要で、少なくとも食卓でこっそりとできるような方法ではない。



「ただ……学者に言わせると全ての()(そう)に使えるわけではないとの事ですが……一応、簡易的な方法はあるようです」

「それは?」

「銀は()(そう)に触れると黒く変じる事が多いそうで。銀食器を使う事を(すす)められました」



 中世ヨーロッパでは砒素が銀を変色させると言われて毒殺予防のために銀食器が用いられた事はあったが、あれは砒素の精製技術が未熟なために混入した硫黄分が銀を変色させるのであって、砒素そのものを検出しているわけではない。高純度に精製された砒素に対しては無力な検出法である。ただし、テオドラムの砒素汚染は、おそらく硫化物の形で鉄と結合していた砒素が原因と考えられるので、銀による判別は有効に働く可能性は高かった。



「ふむ。問題の場所での飲み水などで確かめてみよ」

「……問題の水に()(そう)が含まれているかどうかは、どうやって確かめますので? 誰ぞに飲ませますか?」

「馬鹿な。安全な水を持って行き、その水で変色しない事と、現地の水で変色する事を確かめるだけでよい。首尾よく銀で判別できたなら、()の地へ(おもむ)いておる伝道師たち全員に銀食器を届けるのじゃ。それと……安全な水を運ぶための水袋も、大きめのものを選んで届けよ。旅をする場合には必要となるやもしれぬ」

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