第六十章 王都イラストリア 2.国王執務室(その2)
「二つめの話です。これもテオドラム絡みですが、直接には農作物とは関係ありません。テオドラムが採掘を進めている鉄鉱山で鉱毒による被害が発生しているようです。商人たちは、鉱毒が小麦を汚染している可能性を懸念しているようで」
「詳しく話してくれぬか、ウォーレン卿」
「はい。テオドラムは十年ほど前から国内の鉄鉱山で鉄の採掘を進めていましたが、どうもあの鉱山には問題があったようです。噂の内容を確かめるために学院の方に出向いたんですが、ドワーフたちの間では、あの鉄鉱山が毒持ちだというのは知られた話だそうで……」
ここでローバー将軍が、怪訝そうな面持ちで口を挟む。
「儂たちゃ知らなかったぞ?」
「ドワーフたちは使えない鉱山の事など興味が無かったらしく、こっちまで情報を流さなかったようです。使えない鉱山の話など無意味だろうと」
「……その辺りは価値観を共有しておく必要があるな。話の腰を折って済まん。続けてくれ、ウォーレン卿」
「では。ドワーフたちによると、毒持ちの鉄は品質が悪いものの、鉱石を焼けば一応使える程度の鉄にはなるそうです。ただ、その過程で酷い猛毒が出るので、まともなドワーフなら手を出さないと言っていました」
「毒の正体はわかったのか、ウォーレン」
「砒霜と呼ばれているもののようです。口にすると激しい嘔吐や腹痛に見舞われ、酷い場合はそのショックだけで命をおとすとか。無色無味無臭と三拍子揃っている点は毒殺向きと言えますが、体内に残留する性質があって検出も容易なので、実際には使い所が限られるようですね。あと、致死量に足りない量を少しずつ取り込んだ場合、身体――主に下肢――の黒ずみや皮膚炎、内臓の腫瘍など、様々な障害を引き起こして死に至るようです」
「テオドラム側は何か対処をしているのか?」
「口止め以外にですか?」
「いや……なるほど。大体判った」
「王都で流れている噂というのは、地下水に混じり込んだ鉱毒が、問題の鉱山の下流に位置する場所へ到達するのではないかというものです」
「それは……下手をすると他の国々も黙ってはおらぬぞ」
「下手をしなくても問題でしょうよ。ウォーレン、その点はどうなんだ?」
「まだ他国が動き出した様子はありませんが……時間の問題でしょう」
「追い詰められたテオドラムがどう動くか……」
「あの国が動くってなぁ戦が起こるって意味です。準備ぐらいはしておきますか」
気の滅入る話を茶と茶菓子で紛らわそうとするかのように、四人は黙って軽食を食べ、茶で喉を潤す。
しばらくたってから話を再開したのは宰相であった。
「……テオドラムが、鉱毒をおしてまで鉄の増産に踏み切った意味だが……」
「あの国は農業が主体ですが、新型の農具ができたとかいう話は聞いていません。農具以外に鉄を使用する器具や設備を強化したという話も聞こえてきませんから、鉄の使い所というのも……」
「武器や兵器以外に無いでしょうな」
「あの国の武力志向は昔からじゃ。今に始まった事ではないが……」
「それでも、鉱毒をおしてまで鉄の増産に踏み切ったのは比較的最近です」
「この情報は、テオドラムを取り巻く他の国にも流した方がよいでしょうな」




