第五十九章 テオドラム 4.ピット~状況の分析~
マリアをはじめとする諜報チームをニルの町に送り込んで一ヵ月も経つと、それなりのデータが集まってきた。
その中でも、テオドラムの冒険者たちについて多くの事が判ったのは収穫と言える。意外な事にテオドラムでは、冒険者ギルドがあるのは国境近くの一部の町に限られていた。国土のほとんどが農地として利用されているため、モンスターなどから素材を得るのが極めて困難となっており、結果的に隣国に出かけて素材を得るか、あるいは他国に向かう商人の護衛をするか、この二つがテオドラムの冒険者の主な生業になっているという。よって、冒険者ギルドが存在するのも国境近くの一部の町に限られるというわけである。
テオドラムの冒険者たちが使う魔石の飛び道具について知る事ができたのも大きい。これは、火や雷、氷などの属性魔石の魔力を一気に放出するもので、よほどに強力な魔石ならともかく、大抵は牽制か目眩ましに用いられる。爆弾とは違って急激な燃焼によるガスの膨張を伴わないため、対象を吹き飛ばすような効果は得られない。魔力持ちが少ないテオドラムであるが、冒険者たちはそれなりに工夫しているようだった。
『しかし、冒険者ではこの魔石を持つ者は少なくないようだが、以前に捕獲した王国軍の斥候兵はこんな魔石は持っていなかったのは何故だ?』
『閣下、高価な魔石を使い捨てにするような装備を兵士に支給するほど、テオドラム軍は裕福ではないと思います』
ふむ、牽制程度にしかならん飛び道具に、高価な魔石は使わんか。数万単位の兵士に支給するのは確かに大変だしな。
『ただ……恐らく軍も魔石のこういった使用法は知っている筈だな。なら、別の使い方を考えていてもおかしくないか……』
自分たちに魔術戦の能力が乏しい事は、テオドラム軍部が誰よりも知っている筈だ。当然、何らかの代替策を講じている筈。甘く見るのは危険だろう。
『別の使い方……ですか?』
『ああ。例えば、火矢やバリスタの弾に使うとかな』
火薬の爆発とは形態が違うが、瞬間的に大きなエネルギーを放出する点は見逃せない。少し気の利いた人間なら、弾頭に使う事を考える筈だ。……そうだな、クレヴァスの二十センチ砲の弾頭に応用してもいいかも知れない。
それ以外では、マリアが冒険者ギルドのピット調査班に加わったため、こちらの行動範囲について誤ったデータを与える事もできた上に、手の内を覚らせずに冒険者たちの戦術や技量を知る事もできた。押し並べてテオドラムの冒険者は、対モンスター戦の技量がさほどでない反面、対人戦の経験値は高いようだった。
冒険者ギルドに出される護衛の依頼状況と聞き込みから、奴隷商人の動きも知る事ができた。
『ヴァザーリの一件で、亜人奴隷を持つ者はスケルトンドラゴンに狙われるという風評が立ったために手放す者が増えており、それに伴ってイラストリアでの亜人奴隷の値は下がる一方だそうですが……』
そんな評判が立ってるのか?
『安い値の付いた亜人奴隷の多くがテオドラムに運ばれています』
奴隷商人の多くは他国から亜人を買い入れてテオドラム国内に運び込んでいた。ニールとギルの斥候コンビや、シャドウオウルとシルエットピクシーのモンスターコンビが聞き込んだところ、それらの亜人奴隷のほとんどが王国の買い入れるところとなっていた。また、これらの亜人奴隷のほとんどが成人しており、男性の割合が高い事も確認できた。
『亜人奴隷は愛玩用としての需要が多い筈なんですが……これは少々以外でした』
『いや、ダバル、王国軍が購入している時点で、愛玩用って線は薄いだろう』
ダバルの目から見ても、いささかおかしな事態になっているようだ。
『テオドラムの国民は亜人排斥的な傾向が強い筈なのに、王国、それも軍部が亜人奴隷を積極的に購入している……ろくでもない解釈しか思い浮かばんな』
俺の想像が当たっていない事を祈りたい気分だ。
『ダバル、アンデッドの中で斥候職の連中を集めて、テオドラムに潜入して情報収集をする場合のマニュアルのようなものを纏めてくれ。忍び込むのではなく、一般人に紛れ込んで探索する場合だ。どんな職業の者に化けるのがいいのか、探索の時間帯や聞き込みの対象、とにかく、あらゆる場合を想定して集大成してくれ。この国に対しては、それが必要になりそうな気がする』




