第五十九章 テオドラム 3.ニルの町の冒険者ギルド
「ヘルファイアリンクス……あんたを疑うわけじゃないが、間違いないか?」
「間違いないわ。後ろからだったけど、後頭部から背中にかけて赤い鬣が伸びていたから」
「俺たちに火球をぶっ放してきたしな」
「そうか……ピットは益々危険なダンジョンになったようだな」
「余所者の言い草だけど、ヘルファイアリンクスを当たり前のようにダンジョンモンスター扱いしているのは何故? あたしには不自然に思えるんだけど」
マリアの問いにギルドマスターは溜息を吐いて答えた。
「俺たちだっておかしいと思わないわけじゃない。ただ、ピットの周囲にはこのところ強力なモンスターが溢れ返っていてな。一方で、やつらはピットに近づかない限り襲ってこない。ピットのモンスターと考えざるを得んのだよ」
「そう言う事……。だとしたら、あの山で稼ごうとするのは……」
「あんたがどれだけ優秀な魔術師でも、ちょっとお薦めはできんな」
「ヘルファイアリンクスと同じくらいのモンスターがゴロゴロいるんなら、止めておいた方が良さそうね……」
「だが、あんたが調査に加わってくれると言うんなら、ウチとしちゃあ歓迎する。この国はイラストリアと違って魔術師が少なくてな。少しの間でもいいから手伝って欲しいのが本音なんだ」
「ヘルファイアリンクスに喧嘩を売れるほどの腕は無いわよ?」
「牽制できれば充分だ。モンスターに出くわしたらとっとと逃げろってのが、依頼人の意向でもあるしな」
「あたしは誰のパーティに入る事になるの?」
「いや、数少ない魔術師を独占するような事は諍いの原因になる。あんたはギルドの直属として、必要に応じて調査に参加してくれ」
「判ったわ。相方の怪我が治るまで……多分一、二ヶ月の間だけど、それでよければ」
「充分だ。よろしく頼む」
・・・・・・・・
ニルの町の暗がりに潜む二人の男たち。その影から、これも小さな影がするりと抜け出してきた。シルエットピクシーと呼ばれる魔物である。その小さな魔物はひょいと男の肩に飛び乗ると、何かを囁いた。
「マリアは首尾よくギルドに潜り込めたようだな」
「まぁ、あいつならそう下手は打たねぇだろう」
二人の男はギルとニール。前者はマリアとともに勇者パーティにいた、後者は「流砂の迷宮」に挑んだパーティのリーダーを務めていた、それぞれ斥候職の男である――二人とも今はアンデッドとなっているが。
クロウがマリアを送り込むに際して用意したバックアップ戦力は、斥候職のアンデッド二人に、マリアのフォロー役として影の中に潜ませたシルエットピクシー、そして……
「冒険者ギルドから使いが出るようだな」
「届け先は王国軍か?」
「判らん。尾行するか?」
「……いや、シャドウオウルにやらせよう。上手くすれば会話を聞き取ってくれるかもしれん」
「そうだな……頼むぞ」
ニールの提案にギルは頷くと、建物の影に向かって声をかけた。数瞬後、建物の影から何かが抜け出した気配だけがした。
「……シャドウオウルってのはおっかねぇな」
「あぁ、斥候職の俺たちにも存在を覚らせねぇんだからな」
シャドウオウルにしろシルエットピクシーにしろ、更にヘルファイアリンクスにしろ、普通のダンジョンにホイホイといていいようなモンスターではない。召喚コストも維持コストも馬鹿高いのである。しかし、ダンジョンの維持と改良に使うようにと、クロウから袋一杯の魔石を渡されたダバルとフェルは、何かがすっきりと吹っキレた様子で盛大にモンスターを召喚していた。そのため、ピットには既に数百年物のダンジョンに匹敵するような陣容が備わっていたのである。




