第五十九章 テオドラム 2.潜入
お久しぶりのメンバーが登場ですね。
大きなものが風を切るような音、それに続いて鈍い……何かを斬り裂くような音がして、一瞬の後に濃厚な血の臭いが辺りを覆う。
「畜生っ!」
手傷を負ったらしい誰かの呻き声に続いて、悔しそうな男の声が響く。男は剣を振るって大きな獣――どう見てもモンスターだ――を牽制しようとするが、モンスターは嘲笑うかのように遠間から火球を放ってきた。男は必死にそれを回避する。別方向から獣に向けて矢が飛んで来るが、何の牽制にもなっていない。
その時であった。
鋭い風切り音がしたかと思うと、モンスターの背中から血飛沫が上がった。浅傷のようではあるが、何者かがモンスターを痛打したのだ。
「逃げてっ!」
女のような声がしたが、確認する暇はない。男は傷ついた仲間を抱えると、一散にその場を離れた。
モンスターはその様子を黙って見ていたが、そのまま身を翻した。その様子には少しも悔しそうなところはない。
……まるで、当初からの予定通りの行動であったように。
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「済まねぇ、あんたのお蔭で命拾いした。俺はジャンセン、弓を持っているのがダグ、怪我人が……」
「紹介よりも先に手当てした方がいいんじゃない?」
「あぁ……だが、どのみちここじゃ血止めくれぇしかできねぇ」
「回復魔法は専門外なんだけど……ヒール」
「あ、あんた回復魔法も使えるのか……魔術師なのは判ってたが」
「マリアよ。あくまでも応急措置だから、戻ったらちゃんと医者にかかるのをお勧めするわ」
「あ、あぁ……重ね重ね感謝する。こいつはボロック、斥候役だ」
「この辺りに来たのは初めてだけど……魔術師無しにモンスターを狩るのがこの辺りの流儀なの? だとしても、ヘルファイアリンクス相手ってのは、いくら何でも無謀じゃない?」
「いや……まさかあんな化け物が彷徨いていやがるとは思ってなかったんだ。まったくあのダンジョンは何なんだか……」
「ダンジョン? 何か間違えてるんじゃない? ヘルファイアリンクスはダンジョンなんかにいるモンスターじゃないわよ? 広々とした森林を住処にしているんだから」
「いや、あんたが不審に思うのも尤もなんだが、このダンジョン――ピット、あるいはイフェルピットって呼ばれてるんだが――は最近妙にモンスターが凶暴になってな、通常じゃ考えられないような化け物が近くを彷徨きやがるんで、ギルドから注意が出てるんだ」
「それを無視してやって来たわけ?」
「軍の依頼で実入りがいいもんで、ついな」
「王国軍の? そんな依頼の事は聞いてないけど?」
「あぁ、俺たちゃテオドラムの者でな、依頼相手ってのもテオドラム軍なんだ」
「テオドラム? 呆れた、隣の国じゃない。何でこっちのモンスター退治なんか依頼するのよ?」
「いや、退治ってわけじゃねぇ。調査だけだ。何でもイラストリアとの交易路に凶暴なモンスターが出没するようになって、商人たちの被害が無視できなくなってきたそうでな。イラストリアがここまで軍を派遣する事はない……ってか、イラストリアの冒険者を見たのも初めてだぜ?」
「あ~……確かに、いい狩り場はここ以外にも多いしね。わざわざこんな南の果てにまで来る物好きは少ないかも」
「で、あんたはその物好きの一人ってわけだが、なんでまた女一人でこんな所にいたんだ?」
「相方が怪我をしてね、しばらくソロで動く事になったのよ。だから競争相手の少なそうな場所へ来たつもりだったんだけど……」
「案に相違して、テオドラムの冒険者の狩り場だったってわけか」
「ま、ね。でも、そういう事情じゃ、この辺りの情報はテオドラムで調べた方が早いのかしら?」
「まぁ、そうだな。何だったら俺たちの冒険者ギルドまで案内してやるよ。礼は別にするが、これはまぁ感謝のしるしとでも思ってくれ」
「ありがとう。それじゃ、お言葉に甘えるわ」
三人の男達は女魔術師を案内して、隣国へと去っていった。
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『閣下、魚は餌に食いつきました』
『よし、バックアップ班の準備はできているな? もう少し暗くなったら距離を置いて追尾しろ。気取られないように注意しろよ?』
『諒解』




