第五十八章 王都イラストリア 1.テオドラムの災い~麦角~
その日、偶々王都に出向いたところ、ライが俺の注意を引いた。
『ますたぁ、あの二人』
バンクスで馴染みになった知人二人が酒場のテーブルで話し込んでいた。スルーしてもいいんだが、ここで見かけたのも何かの縁だろう。変装を解いて――あ、以前に王都でしていた変装は、魔石珠の一件以来というもの却って目立ちそうなので、エルギン版の変装をしていた――二人のテーブルに歩み寄った。
「おや……これは珍しい事もあるもんじゃ」
「お久しぶりです、御前。それにノリスも」
ノリスというのはマナステラの商人で、バンクスには度々買い付けにやって来ていた。薬草について調べていた時に知り合って、情報収集に便利なので付き合っていたが――どうせ相手も同じような事を考えているんだろうが――話していて気持ちのいい男なので、問題にならない程度の知識は伝えておいた。情報の出所をしつこく訊ねてこないだけのマナーは弁えている男だ。
「ご両人が額を寄せて何をお話しですか。深刻そうに見えましたが」
「ふぅむ……クロウ君は博物学にも詳しいようじゃから、話を聞いてもらった方がいいかもしれんのう」
パートリッジ卿はノリスの方を見ながら、同意を求めるように話しかけた。
「そうですね……クロウ、ちょっとこれを見てくれるか」
ノリスが袋から取り出してみせたそれは……
「ノリス、これをどこで手に入れた?」
「テオドラムの商人が持ち込んだ小麦に混じっていたんだ。あそこの小麦粉は以前から何かとよくない噂があってな。念のために今回は製粉する前の小麦で取り引きをしたんだが……」
テオドラム? それによくない噂だと? 当たり前だ。なにしろこいつは……
「その噂とやらを詳しく」
「何か知っていそうだな? まぁ、簡単に言うと、テオドラムの小麦粉を売った町で、何年かに一度くらい流産が多くなったり、妙な病が流行ったりする事があるという噂なんだが」
「その奇病というのは、燃えるような痛みや痙攣、精神錯乱、手足の壊疽なんかか?」
「知ってるのか!? やはりこの変な小麦が原因か!」
「俺の国のものと同一かどうかは判らんが、同じものだとするとこれは麦角、麦などの穂に寄生するカビやキノコの一種だ。これを口にするとさきほど言ったような症状が現れ、悪くすると死ぬ事もある」
「くそっ! テオドラムのやつら、知ってて売り捌いたのか!?」
聞けばノリスの従妹もその被害にあって流産したのだという……ノリスが持ち込んだ小麦粉でなかったのが不幸中の幸い、とは言えそうもないな。
「テオドラムの商人は製粉した状態で売っていたのか?」
「あぁ、製粉前のものを売りたがらないからおかしいとは思っていたが……」
「なら、九分九厘確信犯だろうな。この通り、一目見たら変なものが混じっているのは、それこそ一目瞭然だ。あちこちで被害がでているんなら、他の商人も同じ穴のムジナなんじゃないか? 下手をすると国を挙げての犯罪かもしれんぞ?」
流産が多発する事は、結果的にその国の人口に影響し、ひいては国力の低下にも繋がるからな。積極的な軍略として推し進める事はなくても、黙認ぐらいするかもしれん。そう話してやると、眉間に皺を刻んで聞いていた。
「ふぅむ……クロウ君は疫病にも詳しいのじゃな。ならば一つ、この老人の疑問も解いてもらえんか?」
「いえ、詳しいなどとは到底言えませんが……御前の疑問とは?」
「これもテオドラムの話なんじゃが……彼の国の南方に奇妙な風土病があってのう……」




