第五十六章 迷いの森 2.アップデート
読者の方から、前書き後書きは無理に書かなくてもよいのではないか、時として後書きが読後感を損ねる、といったご指摘が寄せられましたので、以後は控える方向で進めたいと思います。補足説明などがある場合は書きますが……。
「ホルン? お前何でこんな所に?」
「精霊使い様こそ、どうしてこのような所へ?」
二人から口を揃えて「こんな場所」呼ばわりされた村の住人と覚しきエルフ――ハイエルフ?――の男は、ホルンとクロウの二人を交互に眺めていたが、やがて意を決したようにホルンに問いかけた。
「ホルンよ、では、こちらのお方が?」
「ああ、俺たちの村をお救い下さった精霊使い様だ。精霊使い様、この男はここの村の者で……」
「トゥバと申します。お見知りおき下さい」
ホルンにチューバか……吹奏楽団ができそうだな。
「それで……精霊使い様はなぜここに?」
さて、何と答えるべきか。
「そうだな……言ってみれば、この村の神木に呼ばれたというところか。お前たちも神木に何か言われてきたんじゃないのか?」
そう問い返すと、トゥバと名告った男は感心したように答えた。
「仰るとおりです。ご神木より急ぎの託宣がございまして、森を訪れた賢者の方をお迎えするようにと……」
賢者? いや、それよりも……
「悪いが、俺は村を訪れる気はないぞ?」
そう言ってやると、トゥバは気の毒なほど狼狽えた。
「し、しかし、ご神木は精霊使い様のお力をお借りするようにと……」
「確かに依頼はされたが、受けるとは言ってない」
「そ、そんな……」
ここでホルンがとりなすように口を挟む。
「トゥバよ、精霊使い様のお力は規格外だ。俺たちのような凡俗が垣間見る事など許されぬほどにな」
さて、どうしたものか。ダンジョンコアに頼まれたわけでもあるし、すげなく断るのも心苦しいな……。
俺は念話でハイファに連絡を取り、ある事について確認した後で、こちらを心配そうに見遣っているトゥバに声を掛けた。
「トゥバ、この魔法陣を神木の根元、根のすぐそばに埋めろ。浅くで構わんが、魔法陣がすっかり隠れるようにな。あ、もちろん事前に神木の許可を得てからだぞ」
俺が取り出したのは携帯型のダンジョンゲートだ。これを使ってダンジョンコアが宿っている神木と迷いの森を繋ぎ、更に、一時的にハイファの分体が中継役を果たす事で、ダンジョンコアの力を迷いの森に及ぼす事ができる。あとは、俺が気になっていた情報セキュリティの面を、俺のアドバイスに従って、コア自身の手で修正してやればいい。これでもオタクと呼ばれる存在だからな、セキュリティだのハッキングだのといった事にも一通りの知識はあるんだよ。
「あの……この魔法陣は?」
「あまりジロジロと見るなよ? それを使えば一時的に、神木の力を迷いの森に及ぼせる筈だ。森の強化は神木自身の手で為すべきだ。エルフにしても、どこの馬の骨か判らぬような第三者の介入など、望ましくはあるまい?」
「トゥバよ。その魔法陣は恐らく禁断の力に触れるものだ。好奇心から覚えようなどとせぬ事だ 下手をすると森全体が消し飛ぶやもしれん」
いや、出鱈目に漢字を並べただけだし。そんな危険物じゃないから。
とは言え、ホルンの脅しは骨身に堪えたらしく、トゥバという男は泡を食ってゲートを通り抜けていった。
『凄い勢いですね……』
『速いですぅ』
「あの様子なら言ったとおりにしてくれそうだな。ホルンの脅し……忠告が効いたんだろう」
「根が真面目な男ですから、その点は間違いないかと」
「で? ホルンは何でまたハイエルフの村なんかに来ているんだ?」
そう聞くと、ホルンは軽く苦笑いして答えた。
「人間たちはハイエルフと呼んでいますが、実際は私たちと同じエルフです。ただ、この村は千年以上にわたってこの地に在り続けていますから、そのせいで変な神格化がされたようですね」
ほう、ハイエルフじゃないのか。
「自分がこの村を訪れた理由ですが、今後人間たちとどう関係していくかについて、互いの意見の確認といったところです」
「なるほど。敵対か現状維持か。友好促進という選択肢はないだろうしな」
「そうですね。とりあえずは静観。ただし、敵対してくる人間には容赦しない。そういう方向で纏まりそうです」
「それでいいんじゃないか。それと、意見の確認と言ったが、エルフや獣人の村の間で連絡会議のようなものはないのか?」
「連絡会議、ですか?」
「協議会と言ってもいいが……ヴァザーリの時のように複数の村々が協働する必要が生じた場合、連絡網だけでも確立しておくと随分違うんじゃないか?」
「なるほど……村へ帰って長たちと相談してみますか……」
そんな事を話していると携帯型ダンジョンゲートが開通した気配があり、ハイファの中継を介してダンジョンコアが守りの森のセキュリティを高めていくのが感じ取れた。あ、セキュリティ改善の術式については、念話でダンジョンコアに伝えたよ。
「……迷いの森に魔力が流れ込んでいます。これがご神木の?」
「ああ、随分な魔力だ。この様子なら二十分ぐらいで終わるかな?」
俺の予想どおり二十五分ほどでアップデートは終了し、迷いの森はそれまでとは段違いのセキュリティを誇るようになった。セキュリティ以外にもあちこち強化の手が入ったようで、森の防衛力は数段高くなったと言えそうだ。
「さて、森の強化も無事済んだようだし、俺はそろそろ引き上げるとしよう。後はよろしく頼むぞ、ホルン」
後始末を押し付けると、ホルンは諦めたように苦笑して引き受けてくれた。しかし、毎回面倒を押し付けてばかりじゃ気が引けるな……そうだ。
「ホルン、毎回面倒を押し付けている詫びだ。よかったら受け取ってくれ」
俺がホルンに手渡したのは地球産のガラス玉を加工した手作りの魔石。それも、「理外の魔石」になる一歩手前の、魔石としては最上の品と爺さまに太鼓判を押された逸品だ。それを三個ほど手渡しておく。
「二個はシルヴァの森とこの村へ。残り一個は、ホルン、お前が好きに使え」
そう言って手渡してやると、ホルンはこれでもかと言うほどに目を瞠っていた。
硬直したようなホルンをおいて、ハイファと携帯ゲートを回収し、念話でここのダンジョンコアに別れを告げる。コアからは感謝の念と、よければまた来て欲しいという言葉を受けて、俺たちは迷いの森を後にした。
五十六章は本話で終わり、明日からはテオドラム篇の本流に入ります。




