第五十五章 クリスマスシティー 4.試験航海~二日目、空と海の旅~
試験航海二日目です。
心地よい惰眠を貪っていた俺は、キーンの叫びによって夢を破られた。
『マスターっ! マスターっ! 早く起きて下さい!』
何だ何だ! キーン、非常事態か!?
『非常事態? そんなもんどうでもいいですから、早く来て下さい!』
非常事態をそんなもん呼ばわりかよ……。
どうやら緊急事態ではなさそうだと思ったので、服装を整えてからキーンの後についていくと……
『なるほど……これは起こされるだけの価値があるな……』
眼下の雲海から朝日が昇ってくるところだった。東雲色、あるいは曙色というやつか。サンライズピンクの輝きに縁取られた地平線から光が伸びて、眼下の雲海を彩っている。雲の白、朝日のサンライズピンク、朝日の影になった部分の濃灰色のコントラスト、まさに言葉にできない光景だ。キーンに感謝しなくちゃいけないな。
他の子たちも皆、空の上から見る日の出の光景に目を奪われている。魔石による中継画像を見ている留守居組の面々も同じらしく、息を呑んでいる様子が感じ取れる。従魔術って便利だな。
刻々と移り変わる外の光景を眺めつつ朝食を楽しんでいると、クリスマスシティーからの報告が届いた。
『提督、ただ今海岸線を越えました。計画に従い、海岸線から四十キロ離れた時点で高度を下げて着水します』
閣下に続いて今度は提督か……。ただの引き籠もりが出世したもんだ……。
『宜しい。そのまま予定のポイントへ向かえ』
『アイアイ、サー』
アイアイ、サーか。海軍軍人らしい返答だな。そのくせ声は女性なんだが……英語では船を女性扱いするせいか。俺としては、「彼女の名前はジョージ・ワシントンです」的な言い回しには今ひとつ馴染めないんだが……。まぁ、クリスマスシティーの声は聞いてて不快じゃないし、余計な事を考える必要はないか。
降下予定ポイントに近づくとクリスマスシティーは次第に高度を下げてゆく。魔導レーダーによって当該海域に船影が無い事を確認した上で、着水準備に入る。
『三十秒後に着水予定。衝撃に備えて下さい』
アナウンスに従って着席し、従魔たちも座らせる。程なくして艦首方向に盛大な水飛沫が立ち上り、同時に軽い衝撃が座面から響いてきた。
『着水完了。各部異常なし。推進デバイスをスクリューに切り替え』
『クリスマスシティー、速度を巡航速度に。レーダーおよびソナーを作動させて警戒しつつ、陸地から離れる方向に進め』
『アイアイ、サー』
『クリスマスシティー、出港から現在までの魔力消費は?』
『現時点までに最大魔力量の七パーセントほどを消費しました』
七パーセントか……。
『解った。残存魔力量は常に把握しておくように』
『アイアイ、サー』
・・・・・・・・
その後、最高速力のテスト、戦闘速度での旋回能力のテスト、スクリューの逆転による制動能力のテストなどを次々にこなしていった。ウィンの希望でマストに鯉幟のミニチュアを掲げてみたんだが、マストの天辺に掲げると下から見る分には小さ過ぎて迫力が無く、一同がっかりしたのはここだけの話だ。
……何だ? キーン、大きな鯉幟を買えってか? 結構高いんだぞ、アレ。
無骨で勇壮な巡洋艦のマストに、大口を開けた真鯉・緋鯉・子鯉が翩翻と風に靡いてる様を想像して、思わず楽しくなる。……買えない額じゃないよな?
推進機関系のテストが一通り済んだので、次はいよいよ主砲の試験準備に入る。十キロほど先にダンジョンマジックで標的を作る。レーダー反射率を高めるように設定しておいたから、レーダー射撃が可能なはずだ。さて、実験に……
『提督、海中から何者かが本艦に急速接近中』
エマージェンシーコールとともに、クリスマスシティーからの報告が届いた。
何やらアクシデントに遭遇したようです。
読者の方から、米海軍の軍艦だったクリスマスシティーが、マイルでなくメートルで距離を表現しているのはなぜかというご指摘を戴きました。……失念していました。
これについては、クロウがコアを教育する時にメートル法を採用したためとお考え下さい。艦橋の計器表示なども、すべてメートル法に直っています。
こういうご指摘はありがたいです。




