第五十四章 新たなダンジョン 6.ピット~初陣~
新生ピットの初陣です。
『ほう……確かに冒険者のようだな』
縄張り内に獲物が入って来たという報せを受けて、俺たちはピットを訪れていた。やって来たのは冒険者らしい男たちの三人組なんだが……。
『何か、暢気過ぎやしないか?』
この三人組ときたら、ろくすっぽ周囲も警戒せずに鼻唄なんか歌いながら歩いて来たのだ。
『ピットの外で襲撃する事はこれまでにもあった筈だよな。なのに、何でこいつらはこうまで太平楽にしていられるんだ?』
『閣下、オルトロスもキマイラも、この辺りの木立程度では身を隠せません』
『なので、襲撃のほとんどはここより北の岩場で行なっていました』
ああ……そういう事か。あの二頭は図体がでかいしな……。
『ならば、新生ピットは今までほど甘くない事を教えてやるか。ピットが生まれ変わったことを知らしめる必要があるから、少なくとも一人は生きて帰さなくちゃならん。二人までは狩って構わんが、吸収する前に色々と聞き出す必要がある』
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「アルフよぉ、ネズミどもの巣があるのは確かなんだろうなぁ?」
「間違ぇねぇって。この眼でちゃあんと見たんだからよ」
「だから心配なんだろうが。その時ゃ素面だったんだろうな?」
「へっ、自分で確かめてから言いやがれ……この先を左だ」
『あの角を左折するようだぞ。待ち伏せ部隊の準備はいいか?』
『はい』
『万端整っております』
「うぉっ!? 何だっ?」
「シャドウオウル!? 何でこんな所にっ!」
冒険者を襲ったのは、二羽の大きな黒い梟であった。シャドウオウルと呼ばれるモンスターで、その名の通り影に身を潜めて獲物を狩る。ステルス能力が飛び抜けて高く、敵にも獲物にもその存在を覚らせない。視覚と聴覚が優れており、基本的には夜行性だが、山林の暗がりに身を潜める事もある……今のように。
不意を衝かれればオルトロスやキマイラでさえ危ないというほどの強力なモンスターである。平和ボケした冒険者にどうこうできる相手ではない。悲鳴はすぐに静寂に変わり、腰を抜かして動けない一人を尻目に、二羽のシャドウオウルは各々一人の冒険者の屍体を掴んで運び去った。
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『さて、こいつらから色々と聞き出すとするか……』
二人は予想通りテオドラムの冒険者で、ニルの町の冒険者ギルドに所属しているという。
『ニル?』
『テオドラムではここの最寄りの町になりますね』
『大昔、この地に鉱山があった頃には栄えたみたいですが……』
『今は寂れた田舎町、ってとこか』
その二人――逃げた一名を加えて三人――がここにやって来たのは、ウーチャと呼ばれるネズミを狩るつもりだったらしい。
『地中に穴を掘って巣を作るネズミの仲間で、家族単位で集まって大きな巣を作ります』
……地球にも似たような動物がいたな。ウッドチャック、別名グランドホッグっていうネズミの仲間が……。
『幼獣は柔らかくて美味なので、人間たちによく狙われています』
地球のウッドチャックはどうだったかな……。
聞くところによると、ウーチャの巣穴の出入り口を、一つを残して全て塞いだ後で、ただ一つ開いている出入り口の前で火を焚いて巣を煙で燻し、中のウーチャが死に絶えた頃を見計らって巣を掘り、中の屍体を回収するのだという。成獣の肉は硬くて不味いが、毛皮はそれなりに需要があるらしい。
やり方自体は日本の田舎でやっている蜂の子採りとあまり変わらないな。対象が昆虫か動物かの違いだけだ。
巣が大きいと収穫も大きいが、大抵は出入り口の幾つかを見落として逃げられるので、一~二家族程度が集まった小さい巣を狙うらしい。
テオドラムの情勢やニルの町の様子など、情報面での収穫はあったが、聞き逃せなかったのは次のような話だ。
「近いうちに火追いの狩りを行なう……とはどういう事だ?」
「へぇ、山に火を放って、反対側に逃げてきた獲物を皆で狩るんで……」
正気か? ここは隣国の領地だぞ?
「森が焼けちまえば開墾も楽になるからって言ってやした」
誰が開墾するんだ?
頭にきたので残りの訊問はダバルに任せ、終わったらさっさと吸収するように指示しておく。あの程度の技量じゃ戦力としても使えそうにない。むしろ、ウーチャとやらを眷属にした方が、警戒戦力として役立ちそうだ。
『テオドラムって国は上から下までろくでもないな』
『問題になる可能性を考えてないんでしょうか?』
『イラストリアがテオドラムの冒険者を拘束したら、救出を名目に軍を派遣するつもりだろう。済し崩しに実効支配を強めていくつもりだ』
『どうしますか、閣下』
『決まっている。火追いの狩りとやらに来た者は、一人も生かして帰すな』
南の隣国テオドラムの真意はどこにあるのでしょうか。




