第五十四章 新たなダンジョン 3.ピット~対面~
5~6日に本作の階層構造を変更する予定です。詳細は活動報告で。
新たな拠点の登場です。
ダバルに案内させて辿り着いたダンジョンは、「神々の中央回廊」と呼ばれる山脈の南端にあった。大昔にドワーフだかノームだかが掘り尽くして放棄した廃鉱らしく、地下に縦横無尽に張り巡らされた坑道が基本になっているらしい。垂直に掘られた立坑から横坑が伸びている形式で、地上からは立坑しか見えないため、ここのダンジョンはそのまま立坑を意味するピットの名で呼ばれているそうだ。
「イフェルピットという名で呼ぶ者もいます。イフェルというのは邪悪を意味する古語だそうですが」
古代英語のyfelかな。evil(邪悪な)の元になった単語だったと思うが。まぁ、ピットでいいだろう。クレヴァスと似たような単語で統一感もあるし。
ダバル先導で坑内を進むクロウは、すぐさま違和感を感じた。
「ダバル、このあたりの坑道はダンジョンじゃないな?」
「はい、ダンジョンの領域はもう少し先になります」
「これだけある坑道の一部しかダンジョン化していないのか。勿体無い話だな」
「廃鉱になってからはここを訪れる者もほとんどいませんので、慢性的に餌不足なのですよ。魔力の収支もかつかつで、領域を広げるようなまねはとても……」
世知辛い話だな……。
坑道の奥に辿り着くと、そこにはダンジョンコアらしきものと、その守護者と覚しき二頭のモンスターがいた――見覚えのある二頭だ。その二頭を除くと大したモンスターはいない。二頭にしてもコアにしても、俺から見ると微妙にショボい感じがするんだが……。
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二頭の魔獣は困惑していた。
自分たちの主人は、すっかり様変わりして――アンデッドとなって――帰ってきた。主人は見覚えのない若い男を案内して来たが、察するにあの男が主人を支配下に置いた上位者なんだろう。恐ろしいほどの魔力持ちだ。
だが、問題はそんな事じゃない。若い男は小さな生き物数頭を従えている――トカゲやスライムなどのようだ。我々魔獣から見れば採るに足らん存在、その筈だ……。
……なのに、なぜ、震えが止まらない? なぜ、身が竦む? なぜ、魔獣の我々が、ただの小動物に怯えている?
言いようのない不安を感じながら、二頭の魔獣は主人の説明を待っていた。
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『つまり……貴方がここのダンジョンの新たな管理者になるわけですか?』
『いや……俺が直接に管理する気はない。直接の管理は今までどおりダバルが受け持つ。俺はダバルに指示する事はあっても、直接にこのダンジョンを管理するつもりはない……少なくとも現状ではな』
『では、貴方の事は何とお呼びすれば?』
うん? 考えてなかったが……
『……クロウでいい』
こう答えたところが、意外にもダバルから待ったがかかった。
『お名前をそのままお呼びするのは不敬に当たります。コアも閣下とお呼びするように』
『解りました、閣下』
大袈裟な呼び方だな……まぁ、いいか。
『それでは、このダンジョンを取り巻く状況、および問題点を教えてもらおう。あぁ、その前に、ダンジョンコア、お前の名前は何という?』
そう訊ねるとコアは困惑したように、特に名前は無いと答えた。
『ダバルはそれで不都合無かったかもしれんが、俺の指揮下には既に三体――お目見え前のクリスマスシティーを加えたら四体――のダンジョンコアがいるからな。各々の区別を付けるためにも名前は必要なんだよ。……そうだな、このダンジョンの別名イフェルピットからとって、フェルではどうだ?』
コアは感慨深そうに了承の意を伝えてきた。まぁ、生まれて初めて自分の名前を持ったんだからな。うちのダンジョンコアたちにも聞いた事があるんだが、やはり自分の名前を持つというのは格別らしいしな。
で、改めてこのダンジョンを取り巻く状況を訊ねたところ……
『ダンジョンに迷い込む人間がほとんどいないため、魔素の収支はかつかつ。ダンジョンマスターであるダバルとモンスター二頭が外から狩ってきた獲物でやりくりしていたのか……。ダンジョンって、どこもこんな赤字経営なのか?』
『赤字?……いえ、呼び物のあるダンジョンは違うと思いますが、そうでないダンジョンだと、ここのように慎ましく暮らしているものは少なくありません』
『なので、ダンジョンマスターとの協力は、私たちダンジョンコアにとっても利点が大きいのです』
知らんかった……。
『ところが、最近は少し状況が変わってきていまして……』
聞けば、南の隣国テオドラムの冒険者が、ちょくちょくこの辺りに姿を見せるようになったという。
『今のところダンジョンの近くには来ていませんが、山の獣たちをかなり非道な遣り方で狩っているようです』
『非道な遣り方?』
『はい。愛玩用の幼獣一頭を獲るために、親兄弟を皆殺しにするような事も……』
何・だ・と?
『許し難い蛮行だが、その遣り口は……』
『亜人たちを……襲った……奴隷狩りの……手口と……同じです』
『ご存じでしたか? 奴隷狩りの護衛を引き受けるのは、大概がテオドラムの冒険者たちです』
ギ・ル・ティ。
『なるほど、ならばこのダンジョンは、テオドラムのクズどもを殲滅するためのダンジョンに生まれ変わる必要があるな』
新たなターゲットの登場でもあります。
読者の方から「古代英語のyfel」についてご教示を戴きました。
「古代英語」ではなく「古英語」とするのが適切だそうです。
また、「yfel」の読みは「イフェル」よりも、当時の発音に従うなら「ユヴェル」の方が妥当であるそうです。作中のクロウの独白は、彼の勘違いだとお考え下さい。




